3
その夜、夫婦の寝室を訪れたイェノスを父スライムは温かく迎えた。
「眠れないのか?」
すっとぼけて妻と自分の間に寝かせるが、この子が来ることは予想がついていた。
そのためにユリとのいちゃいちゃ♡も控えていたのだ。そろそろ痺れをきらしてこちらから出向こうかと思っていたほどである。
両親の間に大人しくもぐりこんだ子スライムは、プルプルと震えながら父親の弾力に身を寄せた。
「父ちゃん……」
「ん~?」
「なんであの子は……泣いたのかなぁ?」
言葉尻にずびっと鼻液をすすり上げたことに気づかないフリをしてやるのは、父親としての優しさだ。
「カムチは、お前に会うのを楽しみにしていたんだとよ」
「楽しみに?」
「ああ、あの子がお前の『友人』になるのは、生まれたときからの約束だったからな」
無口な母がポツリと口を挟む。
「いいなずけ、王道」
「いや、ちょっと違うから」
「決められた関係、反発。惹かれあう、運命……」
「ユリ、ちょっと外してくれねぇか?」
「なぜ?」
「スライム同士の……っつうか男同士の話ってのがあるんだ」
ぷうっと膨れたユリに、スライムが何かを囁く。
ぽうっと小さく頬染めた表情は、母親ではなく女の顔だ。素直に出て行くところを見ると、今夜もスライムは頑張るハメになるのだろう。
二人きりになると、スライムはベッドの上できちんと膝液を折り、息子と向き合った。もちろん傍から見れば二個のスライムが揺れながら並んでいるようにしか見えないが、当人たちは大真面目である。
父スライムは幼子に対する愛情を精一杯に込めて、優しい声音で語り始めた。
「父ちゃんと母ちゃんが、悪いやつと戦った話は知っているな?」
名絵草子作家であるインジ=ハシ=ユチイの手によって絵本化までされた話だ。もちろん、知っている。
「ケウィは斃れ、『福音』は三枚とも破壊されたことになっている。絵本ではな」
「悪いやつは死んでないの?」
「そっちじゃねぇよ。実はケウィが持ち去った福音は二枚とも見つかっていないんだ」
「せかいをほろぼす火のふくいん?」
「お、良く知ってるな。それと、呪を増幅する計算式の福音もだ」
「なんでお話には嘘が書いてあるの?」
「福音が残っていることを悪いやつが知ったら、悪用しようとするだろう?」
父はピシッと背筋液を正した。
「でも、悪いやつってのは鼻が利くんだ。いつ、誰が気づくか知れん。だから俺は、今でも福音を探している、壊すためにな。ここまでは解るか?」
外皮を張り詰めて、イェノスは頷く。
「もちろん、俺の代でそれが為されれば万々歳だ。だが、もしものときは……お前にそれを頼みたい」
「へ? 兄ちゃん達じゃなくて? 何で僕?」
「お前がスライムだからだよ」
ツンノーンで奪われた一枚は、本来ならツンニークであるスライムが守るべきものだった。知らぬことだったとはいえ責を果たせなかったことで、世界に危険を埋めてしまったのだから……
「どれほど時間がかかろうと、必ず見つけ出さなきゃならん」
その決意の全てを理解するには、息子は幼すぎた。だが父から伝わる緊迫は外皮の上をピリッと走る。
「父ちゃん……」
小さな息子の不安げな声に、父スライムは外皮の表面にへらりとした笑いを浮かべて見せた。
「ま、今すぐって話じゃねぇ、ンな心配そうな顔すんな。それより、あれほど嫌がっていたトレースを……どういう心境の変化だ?」
「……わからない」
「解らない? うむむ……カムチのことは、どう思った?」
イェノスの外皮が鮮やかな恥じらいに染まる。
黄金の髪を揺らし、異形の左腕をかざす姿はたおやかであった。そばにいたいと思うほどに……なのに、守られることを拒んだ理由は?
「……わからない」
父は外皮の内で僅かに揺れた。
(照れてんのか? いや、俺の子だし……まさかなぁ?)
言葉をたわませることなく、息子に質す。
「『友人』じゃなくて、友達になりたいとは思わないか?」
「それはっ! なりたい……」
「明日になったら、それをちゃんと伝えに行け」
「でも、あの子は『友人』になるんだって言ってたじゃん」
小さなスライムは外皮の表面にだらしなく涙と鼻水を流し始めた。
「もし、悪いやつと戦って……あの子が……死んじゃったり……」
ぐしぐし、じゅるじゅると盛大に泣き咽ぶ息子を、父スライムは抱き寄せる。
「すまんな、それは大人の都合ってヤツだ。カムチをお前の傍に置くには、それが一番無理のない方法なんだ」
「傍に?」
「ああ、あの子は……」
いや、まだ言うべきではなかろう。あの小さな体にユリを超えるほどの魔力を有していることを。それゆえに、福音を壊す術者として選ばれたのだということも……
「イェノス、あの子とずっと一緒に居たいなら、守られるだけじゃダメだ。だからって守ってやればいいってもんじゃねぇ」
「?」
「スライムにはスライムのやり方ってのがあるんだよ。ま、そのうち解るだろう」
「今知りたい!」
「まだ早ぇよ」
ピシッと額液を弾かれて、イェノスはぷよんと膨れた。
「いじわる~」
「いじわるじゃねぇよ。人から習うようなもんじゃねぇんだ。お前のやり方は、お前が自分で探し、見つけなきゃならねぇ」
「うん?」
「しかし……娘デレは手ごわいぞ」
「うううん?」
「ま、いいから寝ろ。明日は一緒に謝りに行ってやるからよ」
明日になればあの子に会える。その安堵にイェノスは瞳液を閉じた。
(そういえば、まだ笑った顔、見てないや)
陽光色の髪が瞼液の裏に浮かぶ。
(きっと、お日様みたいな……)
イェノスはへらっと頬を緩ませて眠りにおちる。
……カムチ=イ=ケネセッス……『美しいお日様』の名を持つ少女の姿を思いながら……
初恋話はここまで!
呼んでくださってありがとうございます。
現在、この子たちがもうちょっと成長して・・・の構想を練り練りしてます。




