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ボクはロリなスライムじゃないよ。イケメンになりたいだけなんだ  作者: アザとー
『初恋』と書いてボーイ・ミーツ・ガール
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「くうっ!」

 全体重を乗せた一閃も、抜き放たれた巨人斬フルンティングを弾くには至らなかった。軽く身を引いた二閃目は、大地から父親の足首を刈り取ろうと呻る。

 きん!と小さく剣火が飛んで、カムチはべちゃっと転がった。

「まだっ!」

 素早く飛び起き、なおも飛びつこうとする娘に、ヤヲは防御の構えで剣をあげた。

「ち~ち~う~え~っ!」

 振り上げた左腕の剣風に紛れて、走る。

 

 かしィいいいいいいいいいいいん!


 ど派手な音を立てて娘を受け止めたのは、褐色の疾風となって二人の真ん中に飛び込んだ巨乳美女であった。

「何やってんのっ!」

 ミョネの怒声にヤヲは首をすくめるが、娘は逆に胸を張る。

「道を誤り、幼子に無体を働く父に粛清をっ!」

「あのねぇ……それがパパのお仕事なんだよ」

「幼子を苛める仕事など、聞いたことがありませんっ!」

 ミョネは軽くため息を吐く。

「パパを困らせているのはあのスライムのほうだよ。状況を見るに、なんか腰抜けたわがままでも言い出したんだろ」

「わがままっ? そうなのですか、イェノスさまっ?」

 ぼんやりと突っ立っていた子スライムが、ぷよんと揺れた。

「や……わがまま……じゃ……なくて……」

「はっきりとおっしゃいなさいっ!」

 ゆるい外皮が一瞬、硬直する。

「おっ! お前、無礼なやつだなっ! 大体が何で俺の名前を知ってるんだよっ!」

 気弱な彼の精一杯の矜持を、少女は良しと受け取ったらしい。満足げに頷きながら畏まって膝をついた。

「お初にお目にかかります。本日付であなたの『友人』となりましたカムチ=イ=ケネセッスでございます。以後お見知りおきを」

 忠誠を誓って地面に立てられた左腕の刃。そこに映るは彼女がこれから生涯をかけて守り通す主である柔らかな王子。

 だが彼は……プルプルと小刻みに震えていた。

「……『友人』の意味が解ってるのか?」

 王家の子供には幼いころより親が指名した良家の子供がつけられる。十二人の兄姉にも一人ずつ『友人』がついているが、いずれも武勲の名家に生まれた……体の良い護衛だ。

 大人とは違う行動圏を持つ子供同士、主に付き従い、その身を守ることを任として与えられている。

「護衛なんてのは、大人だって死ぬことがある危険な任務だぞ。まして子供なんか……」

「いざとなれば、盾ぐらいにはなれるかと」

 平然と言ってのける少女の強い瞳に、イェノスの外皮が怒りで染まった。

 幸いに兄姉は竜化できる体だ。幾度か危険な目にもあったが、いまだ一人として『友人』を欠くことなくこれたのは、ドラゴンの攻撃力あってのことだろう。

 だが、よりによって非戦闘生物スライムである自分の護衛が、やせっぽっちの小柄な少女だとは……

「冗談じゃない! 女なんかに守られてたまるか!」

 カムチがあからさまに顔色を曇らせる。

「恐れながら、並の大人よりは私のほうが腕が立つのですが?」

「たった今、じいにだって勝てなかったじゃないかよ!」

「父上は特別製なんです! アレを基準にしないでください!」

「自分の身ぐらい、自分で守るっ!」

 自分の兄に向き直り、ぐいっと体を伸ばす。

「兄ちゃん、竜化して!」

「ふえ? あ、ああ」

「おい、見てろよ」

 背後に立つ少女に言い放つと、外皮を精一杯に伸ばした。そのまま大柄なドラゴンの体を一気に飲み込む。

「ぐえっ」

 咽喉液に大柄な体が心地悪く、嘔吐きとともに涙までこみ上げた。

「ううう……おえっ!」

 吐き気をこらえて外皮を竜体に沿わせれば、ごつごつとした体を鎧う鱗が引っかかり、恐怖が走る。

 堪えきれず、大粒の涙が彼の表面を伝いおちた。

「ふうっ! ううううううう……おえっ!」

 なんという名の感情なのかわからない。だが、気弱で後ろ向きなはずの彼の中に生まれた、たった一つの強い気持ち……

(この子に守られるなんていやだ)

 カムチはあまりにまぶしい。頭上から優しく照る太陽のようだ。

 だから……その温かさに甘えてぬくぬくとしていては決して届かない。触れることさえ許されない!

「うおええええええ!」

 ひときわ大きく呻いて兄を吐き出したイェノスは、すぐさま外皮をドラゴンに変えた。

「これで……文句ないだろ。『友人』なんかいらない!」

 竜眼に変えた彼の眼球液が、今にも零れ落ちそうなほどに涙を湛えた幼い少女の瞳にうろたえて、きょろりと動く。

「ええええっ? なんで、泣いて……」

「イェノスさまのばかーっ!」

「ああっ! 待って……」

 例え幼くても、一息で間合いを詰める女戦士の脚力だ。追いつけるわけがない。

 ただ立ち尽くすイェノスには、走り去るカムチの背中を視線で追いかけることしかできなかった。


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