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『新王の側近』の結婚式ということでの取り計らいだ。
王間にはテーブルがしつらえられ、立食の支度が調えられた。来賓たちは思い思いにグラスを取り、歓談しながら料理をつつきまわっている。
宴の主役ということで王座に座らされたヤヲは、その顔ぶれに臆して傍らに這うスライムに囁いた。
「胃が痛くなってきました」
「ばか。もっと堂々としていろよ」
そうは言っても、実にそうそうたる顔ぶれである。
魔王とその腹心であるデュラハン、大きなエントは窓から宴を覗き込んでいる。ケユからの国賓は海の覇王であるクラーケン。
落ち着きなくテーブルの上を走り回る子供達を叱るスライムの姉も、その夫であるノームも……
「『伝説』クラスの方々ばかりじゃないですか」
「いまや俺たちだって『伝説』じゃねぇか。世界を救った、な」
見上げた天井には、ケウィを吹き飛ばしたときに開いた大穴がそのままになっている。
そこから見える青空は抜けきるように青く、今日結ばれる二人が進む『未来』を照らそうとするかのように陽光は眩い。
「スラスラ、皆には内緒ですよ……」
「ああ?」
「あの瞬間、本当は世界も未来もどうでも良かったんです。ただ、ミョネを守らなくてはと、それだけでいっぱいいっぱいでした」
「そんなことか。お前もみんなには内緒にしておけよ」
スライムは鼻先液で笑って声を潜める。
「俺もユリしか見えてなかった。王としては失格だな」
顔を見合わせてくすくすと笑う男たちの前に三人のハーフエルフの少女が並んだ。
年のころはヤヲより僅かに下であろう三人は、明らかにヤヲの血統である黄金の髪に美しい容貌。だが薄く浮かべた微笑には僅かな殺意が含まれている。
「あらあらお兄様、そんな趣味がお有りだとはね」
「どちらがお嫁様?」
クスクスと飲み込むような笑い声。
「まあ、どちらでもよろしいですわ。お兄様に触れようとする不埒者は……」
三人は隠しから短剣を取り出し、しゃきっと掲げた刃先をスライムに向けた。
「……排除するのみ!」
ヤヲはそんな三人を纏めるようにしてぎゅっと抱きしめた。
真っ赤になった乙女達はからんと短剣を取り落とす。
「お兄様……」
「ああ、三人ともよく来てくれましたね。可愛い妹達に祝福してもらえるなんて、私はなんて幸せな兄なんでしょうっ!」
スライムが呆れきって肩液をすくめる。
「お前の相手はミョネ以外ありえねぇな、いろいろと」
「当たり前です! ミョネ以外の女性なんて考えられませんよ」
「いや、そうじゃなくて、普通の女じゃ命の危険が……まあ、いいや」
スライムはずるりと這い進んだ。
「どちらへ」
「『娘』の様子を見てくるんだよ」
大昔に両親を喪っているミョネのため、今日はこのスライムが父親の代わりとして後見人を努めることになっている。今や一国の王である彼は実にその任に相応しいが、それ以上に……このスライムはミョネが自分とよく似た『傷』を持っていることに気づいていた。「待ってください、私も……」
追いすがろうとするヤヲを押しやって、にやりと笑いを模る。
「父親が娘に最後の言葉をかける感動の瞬間ってヤツだぜ? 無粋なことするなよ」
「父親が、ですか」
「ああ、あいつのオヤジだって嫁に行く娘に掛けたい言葉の一つもあっただろうさ。ま、そこまでの代わりが務まるかどうか、自信はねぇんだがな」
「よろしくお願いします」
「おう」
深く頭を下げる金髪に気安く手液を振って、スライムは王間を後にした。




