21
――スライムが叫ぶ。
「行け、ユリっ!」
竜爪から放たれたのは静かな月銀の一閃。銀髪の悪鬼を刺し貫く剣となった呪は眩いほどの光を放つ。
対して悪鬼が放った銀光は終焉を喚ぶ破滅の鎚。禍々しい眩さでユリの魔戟とぶつかり合う。
「くそっ! てめえら、踏ん張れっ!」
ユリを後ろで支える者たちはさらに両の脚を開き、魔力に押されてじりっと下がるユリをぐいっと押した。
強まる月光の魔力にケウィは顔を歪める。
「押せっ! 押~し~切~れええええええええええええええ!」
ついに月剣は悪鬼の魔力を切り裂き、その体を捉えた。
膨大な魔力に飲まれた銀髪が燃え上がる。苦悶と憎しみ顕な顔も炎に包まれた。
「ぶっっっっっとばせっっ!」
ユリの呪はうねり、王間の天井を撃ち貫く。己の本来あるべき場所は天空だと知っているかのように月光の色は一直線に駆け上がり、空にかかる一本の道しるべとなって戦場を照らした。
「見ろ、あれを!」
一人の戦士が声を上げる。
悪鬼に心囚われていた敵兵達は夢の狭間から突如に揺り起こされたかのように放心し、両手をだらりと下げて天を仰いだ。
「あれこそが新王の勝利を示す灯!」
「新王、万歳っ!」
兵達の間に歓声が広がってゆく。
新王であるスライムはあの光のように国を照らし導くことであろう。月光のごとき静かな慈愛と深慮を以って、全ての子供達に未来を……
王座に座ったスライムは校正刷りの束をばさりと投げ出した。
「冗談じゃねぇ、こんなこっぱずかしいものをっ!」
王の前に控えていた小さなフラスコを満たすピンクの液体がこぽりとさざめく。
「あら、嘘は書いていないでしょ」
「う……まあ、確かに?」
見上げれば天井にはユリがあけた大穴が開いており、青い空に浮かぶ雲がフレスコ画代わりという有様だ。
「それでも、ちょっと大げさすぎるだろう。なんだよ『破滅の鎚』とか、『月光の剣戟』ってのは。それに新王を称える言葉も。俺はただのスライムだぜ、そんなご大層に崇め奉られてもなあ」
「あら、いいじゃない? こうして偉人は作られてゆくのよ」
「だからお前の話のモデルになるのはイヤなんだよ」
「それよりあんた、これからどうするの?」
「ユリのことか? 俺も迷っているんだ」
その噂の人物がぱたぱたと明るい足音を立てて駆け込んでくる。
「スラスラ! ユリ、報告、ある。一大事、吉事、赤飯!」
スライムに飛びつく彼女は、もちろんもう少女の姿などではない。魔王の婚約者に相応しい、すらりと美しい乙女の姿だ。
「あら、随分と嬉しいことがあったみたいね?」
「先生、一緒、聞く?」
「ええ、ぜひ聞きたいわね」
「ちょっと待て。俺の話が先だ」
スライムは王座から降りて、代わりにユリをそこに座らせる。
「報告」
「後でちゃんと聞くよ。俺が一度でもお前の話を聞いてやらなかったことがあるか?」
「納得」
「大事な話だからよく聞けよ。ノーニウィヨの城はお前を『聖王』に欲しいと言ってきやがった。」
いちどは聖王の座を手に入れたケウィが斃れたいま、その王座は空いている。もちろん彼の魅力魔法に与して騒乱に加わり、信用を失墜させた婚姻外の子の中から後継者を選ぶなど民達は納得するまい。
「つまり、お前しか適任がいねぇってことだな」
「離婚?」
「手放すつもりなんかねぇよ。お前が聖王になったら迎えに行く」
インジがこぽりと喚く。
「ちょっと待ちなさいよ、それって!」
「ノーニウィヨを丸ごと手に入れる。人間も、魔族も、半魔半人も全部ひっくるめてだ」
「彼女を『道具』にしようっていうの?」
「俺はスライムだからな。利用できるモンは何でも利用させてもらうんだよ」
「姫サマは、こんな男でいいの?」
ユリには、迷いなど無かった。
「いい。理由、ある」
「ああ、俺はスライムだから、どうせたいしたことはできやしねぇ。だからせめてこの国の……いや、俺とユリの平和だけは守りてぇ」
「そうか、王様だものね。あんたも大変ね」
「でもな、本当はイヤなんだぞ。お前を一人であの城に行かせるなんて……」
ユリの口角が今までで一番大きく、一センチほど引き上げられた。
「一人、無い」
「ああ? そうだな。もちろん、ミョネとヤヲをつけてやるさ。そうじゃなくてだなあ……」
「一人、違う」
自分の腹をくるりと優しくなでまわすその仕草に、スライムがぷるりと震えた。
「まさかっ! 報告って……」
「さっき、診察」
インジのフラスコが大きく揺れる。
「やっだあ! あんたたちいつの間にっ?」
スライムがユリをぽよんと抱き上げた。
「でかしたぞ、ユリ! さっそく式の手配をしよう」
ユリが柔らかい体を少し押し返す。
「聖王、作戦?」
「んなモンは中止だ! どうしよう、名前も考えなくちゃならねぇな」
「ちょっと、気が早いわよ。まずはベビー服を……そうね、国一番の仕立て屋を呼んであげるわ」
「そっちこそ気が早えじゃねえか」
そんな喧騒を押し切って、ユリの声が凛と響いた。
「ユリ、聖王、なる!」
「何言ってんだよ、仮にも王と名のつく者が未婚のまま出産なんて、体裁が悪すぎらぁ」
「ユリ、スラスラ、平和。子供、平和」
「そうだな、たしかに子供のためにも、このノーニウィヨは平和であって欲しいさ。ん~、でもな、スキャンダルの好きなやつってのはどこにでも居るんだ。面白おかしく話を盛られでもしたら、国民達の評価ってやつがなぁ……」
「スラスラ、何とか、する」
スライムが物憂げに身を揺する。しばしの沈黙の後、彼は観念しきったかのように吐息を吐き出した。
「ああああ、面倒くせぇな……」
「許可?」
「お前の強情さはよく解っているからな。師匠、恋愛モノはお手のモンだろ? ちょっと悲恋っぽく話を盛ってくれ。世論がユリに同情するくらいにな」
大興奮したフラスコがごろごろと転がる。
「そりゃぁ喜んで! そっ! そのためにも取材させてね? まず、仕込みはどんな感じで……」
「そこは聞くなああああああああああ!」
「キス、激しい。次、脱衣……」
「お前も答えるなああああああああ! ったくよぉ、頭液の痛い……」
こめかみ液を強く押さえるスライムの耳に廊下を走るにぎやかな足音がとどいた。
「ああ、来やがったな、頭痛のタネどもが……」
だあっとなだれ込んでくるおなじみの面々。
「スラスラっ! くううううう、あなたに先を越されるとはっ!」
「泣かなくてもいいでしょ。ともかく、おめでとう、姫サン!」
「おじさん。私、おじさんになったのでありますな!」
「ばか、どうせなら『おじさま』って呼んでもらおうぜ」
「スライム、婚前交渉は禁止だと言っておいたはずじゃが? 罰として名前はわしがつけるぞ?」
喧騒は止みそうに無い。
スライムは頭液を抱えるフリをして、そっとユリの腹に口唇液を近づけた。そこに眠るわが子の未来を祝福するために……
「な、うるせえ方が楽しいだろ?」
こうしてスライムの人生は……
ここで一度完結とさせていただきます。が! 多分、追加の小話書きたくなっちゃうんだろうな・・・
何はともあれ、俺とスライムから感謝と愛を込めまして・・・
ご愛読、ありがとうございました♪




