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王座の前は、今まさに戦いの真っ最中であった。
ケウィが連れてきたのはたった三人の婚姻外の子……だが、魔力を巧みに操り変幻自在の陣を繰る彼ら相手に魔王たちは苦戦を強いられている。
また一つ、放たれた炎弾が巨人斬を構えたヤヲの前髪を焦がす。
「ヤヲっ!」
気を取られて隙の出来たミョネを風刃が弾き飛ばす。
「永遠に続く死の檻に囚われよ、コク=コン……」
呪いを込めた赤い涙を流しながらバンシーに伝わる長い長い古呪文を詠唱するヒセを、二匹のドラゴンが守る。だが無数に襲い掛かる水弾をはじくのに精一杯で、その鱗はところどころがはがれていた。
そして元凶であるケウィは……既に片翼を焼き折られ、膝をついて呻く老竜に冷たい笑いを向けている。
「ねえ、僕の花嫁をどこにやったのさ」
「ふん、スライムにくれてやったわ。今頃は二人でハネムーンじゃろうよ!」
窓の外から小生意気な、あの男の笑い声が響く。
「あれがハネムーン? どんだけしょぼいんだよ」
ばさりと風を切る翼の音と共に、スライムを乗せた三毛ドラゴンが飛び込んでくる。彼女は実に優雅な羽捌きで戦いの真ん中に尻尾を下ろした。戦いがとまる。
「なぜ戻ってきた、この馬鹿者がっ!」
老竜の怒声すら気にせず、スライムは三毛の背中からぽよんと飛び降りる。
「おうケウィ、いい知らせだ。お前が欲しがっていたアレ、な、くれてやるよ」
ケウィが勝ち誇ったように顎を上げ、不敵に微笑む。
「やっぱり……君なら分かってくれると思ったよ」
「ま、俺は自分が可愛いんでな。ほら、手ぇ出せよ」
喜んで差し出された掌にスライムが乗せた『それ』は、さらさらと音を立てて指の間から零れ落ちる。
それは完全なる砂塵だった。
「これはっ?」
「『大いなる福音』だけど?」
固まり一つない細かな砂は乾ききって、僅かな風にも吹かれては散ってゆく。
「残念だよツンニーク、交渉決裂ってことだね」
「ま、そういうことだな」
「こんなことぐらいで裏切り者の汚名が雪げるとでも思っているのかい」
「そこまでバカじゃねぇさ。この先、俺がどれだけのことをしたって死んだ者は生き返りゃしねえし、ヒセは俺のことを許しゃあしねぇだろうさ。いっそお前に与してユリと二人で生きていけたらどれほど気楽か知れねぇ」
「それでも辛い方を選ぶのかい? 君らしくないじゃないか」
「そうだな、ちょっと前の俺なら考えられねぇ」
スライムは部屋の中を見回した。身を寄せ合いながらも敵に向けての牽制を緩めないヤヲとミョネ。ドラゴンの兄弟は壁を作るようにヒセを庇っている。そして、傷ついた老龍は痛みに鼻先を歪めながらも敵意に鋭く燃える竜眼をケウィから離そうとはしない。
「ヤヲはへタレだし、ユリの兄貴達はニートになりたいなんてふざけたことを言いやがる。じいさんにいたってはこの俺を謀りやがったしな、こいつらと居ると頭液が痛えよ、全く」
自分の背中に押し付けられた三毛ドラゴンの鼻先を撫でながら、スライムは滅亡の妄執に囚われた愚かな男に向き直った。
「それでも、こいつらが居ない世界なんか、ちょっと考えられねぇな」
……きっと静かには暮らせないだろう。腹も立つだろうし、悩みも、泣きたいこともてんこ盛りだ。ユリと結ばれて子供でも出来た暁には、もちろん大騒ぎになるに違いない。
それこそが新たな命が生きてゆく『未来』に捧げる精一杯の祝福……
「だから、俺とユリは『現在』を守る。お前には『未来』のひとかけらだって渡しやしねぇ!」
「殊勝な心がけだね」
ケウィがふわりと両手を伸ばした。見たこともない陣が組まれる。
「でも、僕は自分のいない『未来』になんか興味は無いんだよ?」
「んなこたあ、とっくに承知だ」
スライムがユリに強く体を寄せる。
ユリは大きな爪の生えた手を組み合わせ、ゆっくりと詠唱の陣を結んだ。




