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 長い隠し通路を抜けると、そこはヒザリを取り囲む森の中であった。

 ユリとムキクを下ろし、ずるりとスライムに戻る彼を迎えたのはサケヤ、半馬人ケンタウロス、隊員Aの三人、それに堂々とそびえる古木人エント……老幹を揺すり、広げた枝葉をわさわさと揺らすその声もまた、ひどく古びてしわがれている。

「久しいな、ツンニークの」

 彼こそが魔王の三臣の最後の一人、シツハ=ス=ユッスだ。

「はじめっから俺を騙すつもりだったんだな?」

「騙すとは人聞きの悪い。我らはお前にこの国の未来を託したのだよ」

 ぶよんと膨れたスライムに、老木は静かな声を降らせる。

「国など滅びようとも、王が正しくある限り民はまた集まる。そのために王となる者と、それを支える妻となるものを守ろうと……」

「んんん? ちょい待ち。あんた今、おかしなことを言わなかったか?」

「何もおかしくはないであろう。王となる者とその妻を、と言っただけだが?」

「王となる者って……ユリのことじゃねぇのかよ」

「聞いておらんのか。魔王はだいぶ前からツンニークの血を引く男児を後継者に、と望んでおったのだぞ」

「ん? ンあ……? あああああああ! はめられたっ!」

 スライムはがっくりと膝をつく。あの日、ユリがゴブリンにさらわれたのは確かに偶然だったのだろう。だが、そもそもはユリとスライムを引き合わせるために、わざわざあの街道を行かせたのだとしたら……

「陸路なんか指定したのはそのためかよ、あのたぬきじじいっ!」

 ユリの眉毛が明らかな八の字を描く。

「離婚?」

「馬鹿。まだ結婚もしてねぇのに何で離婚できるんだよ。それに女だったら運命とか、そういう甘ったるいことを望むかも知れねぇが、俺は男だ。こうしてお前を手に入れることが出来たんだし……結果オーライってやつだな」

 スライムは外皮ににんまりと笑みを模ってエントを見上げる。

「それに『王』ってのも好都合だ。最大限に利用させてもらうぞ」

「ふむ。もう逃げ回ることは止めにしたのか」

「誰が逃げ回ってたってんだよ」

「戦で心を傷つけられてから、長いこと引きこもっておったではないか」

「あれは……世間一般では充電期間っていうんだよ!」

「やれやれ、物は言いようだな」

 石版をためつすがめつしていた子バンシーが叫ぶ。

「解けたで!」

「よし! 良くやった!」

 腕液をがしっと突き上げたスライムを見下ろして、古木人エントがため息をつく。

「で? どうするつもりかね」

「おい、お前らっ! 俺たちをここから逃がすように言われてんだろうが、そんなモンは反古だ。ちょっとばかし働いてもらうぜ?」

 三バカトリオがふふんと笑う。

「新王の命令とあっちゃぁ、仕方ないな」

 それを制する老エントの声は取り立ててあわてた響きもない静かなものであったが、スライムの強い決意を問うようにきっぱりとしたものであった。

「良いのか? お前はまだ王じゃないだろう」

「魔王は死ぬ覚悟を決めちまった。つまり王位を手放したも同然だ」

「むちゃくちゃな屁理屈だ」

「屁理屈でも何でも良い。今でも『あれ』はできるのか?」

「昔ほどは動けんぞ?」

 一同はその光景に目を見張った。

 巨木がばらばらと葉を降らすほどに体を揺らして大地から根っこを引き抜く。細根が千切れ、人の脚のように二股に分かれた太根が地上に現れた。

「ふむ、まあ動けなくはないな」

 試すようにしゅっと蹴り上げたつま先が抵抗する空気を切り裂いてボッと低い音を立てる。

「じいちゃん、たいしたもんやなあ」

 すっかり感心した様子で唸る子バンシーに、スライムがくつくつと笑いを漏らした。

「当たり前だろう、シツハは俺に木人拳を叩き込んだ師匠だぜ? おまけに地中に張り巡らせた根っこを通じて森の中の状況を全て把握できる。実際、森の番人としてこれ以上の適任は居ねぇだろうよ」

「お前は稽古をサボるわ、痛いのを嫌がるわで弟子としては最高に不適任だったがな」

「うるせぇ! ともかく、ここの守りはあんたに一任する。ウチのケンタウロスは脚自慢だ、手元において伝達係に使え」

 サケヤと隊員Aがごきごきと拳の節を鳴らす。

「で、俺たちは?」

「空を任せる。羽のあるヤツと狙撃手を組み合わせて確実に叩き落せ」

「了解だ」

 サケヤはこうもり羽を出すために上着を脱ぐ。それを受け取ってやりながら、スライムがポツリと呟いた。

「……死ぬなよ」

「そんなことより、この間お前に貸したエロ本、返してもらってねえんだけど?」

「こんなときに、何言ってんだよ!」

「こんなときだからだよ。ほら、お前らも言っておけ」

 話をふられた隊員Aはいかにも不服そうに唇を尖らせる。

「そういえば合コンの約束、あれはどうなったんだよ!」

「俺も、俺も、え~っと……リア充化したお前をぶっ飛ばさなきゃならないしっ!」

「お前らは……」

 この戦いは世界の存続を賭けたものだ。いくら腰抜け(スライム)だとて撤退を命じるわけにはいかない。それでも……

「文句なら、この戦いの後で聞いてやるよ」

 スライムが拳液を突き出す。

「そりゃあ、死んでる場合じゃねえな」

 サケヤも拳を出す。

「お前こそ死ぬんじゃないぞ、スライム」

「あ? 死んでたまるかよ。俺とユリのラブっぷりをお前らに見せ付けなきゃならねぇからな」

「うっわ、くそむかつくっ!」

 隊員Aが拳を握った。

「ぶっ飛ばす! 絶対後でぶっとばすっ!」

 ケンタウロスの拳も差し出される。

 四つの拳はその真ん中で誓いを込めてぶつかり合い、ごつっと音を立てた。

「じゃあ、後で」

「おう、後で」

 ぱっと散った四人の男は各々の戦場へ向けて走り出す。

「ユリ!」

 小さな主の下へ駆け寄ったスライムは、ずっと握りこんでいた小さな金色の鍵と幼いその顔をしばし見比べた。

「なに?」

「いや、その姿もこれで見納めかと思うと、感慨ってもんが……」

「このまま、希望?」

「俺はロリじゃねぇんだってば。このままじゃ手も出せねぇじゃねぇかよ」

 その魔力を封じ込め、スライムを阻み続けていた白銀の戒め。そのチョーカーにぶら下がった小さな錠に鍵が差し込まれる。

 ふと手を止めて、スライムは銀の瞳を覗き込んだ。

「ユリ、大人になるのが怖いか?」

 幼児の姿に自分を封じ込めていたのが彼女自身の意思だとしたら……

「大人、怖い、だった。夜、怖い、だった」

「過去形かよ。今は?」

「スラスラ、一緒」

「ああ、そうだな。もうこんなものをつけなくてもいいように、俺がちゃんと大人にしてやるよ」

「エロい、台詞」

「ちっ! がうぞ! そんなつもりで言ったんじゃねぇからな。いや、そういう意味のオトナにもしてやるけど……さあ……」

「何?」

「なんでもねぇ、戦いに集中しろ。俺がついているからな」

 くいっと鍵が回る。かちゃりと、ラッチの外れる音が響いた。


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