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 いつの間に眠ってしまったのだろう。

 ユリの居室で朝日に起こされたスライムは、自分の腹の上で眠る小さな温もりを確かめて安堵した。

 戦場で親族を売り渡して命を得た卑怯なやり方は既に聞き及んでいることも多いだろう。それでもユリは口一つはさまず、ただ黙って聞いてくれた。

(それに、離れねぇでいてくれたんだな)

 いつもより強くしがみついた腕、深く沈みこんだ身体……

 あのバンシーが従兄弟の婚約者だった件を話しながら、少しばかり泣いてしまった覚えがある。それを慰めるようにしっかりと寄り添ってくれた姿勢のままだ。

(あれから随分と経っちまったが、やっとあんたの言っていた意味が解ったよ)

……その従兄弟には特に可愛がってもらった覚えがある。婚約が決まったときは、他の親族達を差し置いて幼い彼のところに真っ先にノロケに来たぐらいだ。傭兵一族に生まれながら物静かで学問好きな彼と、気の強いヒセは子供の目から見ても恥ずかしくなるほどにラブラブだった。

 出陣の前の晩、従兄弟の膝液で聞いた言葉が忘れられない。

「俺たち大人は、どれほどの未来を子供たちに残してやれるんだろうな」

「?」

「ツンニークの一族が傭兵なんかやっているのは戦争が好きだからじゃない。スライムなんてのは不器用だから、血を流さずに平和を手に入れるやり方を知らないだけだ」

「??」

「ははっ、ちびすけにはまだ解らないか。どうせ血が流れるなら、愛する者たちが血を流す姿を見るより自分の血を流す方が……何万倍もましだ。だから俺たちは戦場にいる」

 従兄弟は幼いスライムの頭液を撫でる。

「知ってるか、スライムの愛ってはでかいんだ。愛する者ってのは家族だったり、仲間だったり、友人だったり、もちろん、お前のことも愛しているぞ?」

 それから、こぽりと照れたように泡音をたてた。

「その中でも、ヒセのことは一番大事で……一番愛している。それに今は、あいつの中に俺の一番大事なものがもうひとつ、入っているんだ」

「!」

「みんなにはまだ、内緒にしておけよ」

 こぽ、こぽと耳触り良い幸せそうな音を鳴らしながら、彼は笑っていた……

(大事な仲間が出来た。大事な友人達もいる。それに、好きな女が一番大事だっていうのも……今は解っている)

 長い回想から現実に戻ってきた彼は愛しい温もりをきゅっと抱きしめて囁く。

「おい、ユリ、朝だぞ」

「ん、空腹」

「だったらさっさと起きろ、朝飯、食いそびれるぞ」

 薄目を開けたユリが僅かに唇の端をあげた。

「元気、でた?」

「ああ、やっぱりあれだ、チューしたからだな。もっかい、しておくか?」

「許可」

 ん~、と目を閉じたその表情にスライムがぼわっと赤くなる。

「じょっ! 冗談だっ! 朝からそんな『元気』にしてどうすんだよ! さっさと顔洗って、着替えて来いよっ!」

 銀髪が不満げに揺れながら起き上がった。小さなその背中にそっと指先液で触れて、スライムは心の中だけでつぶやく

(でもな、ヒセの気持ちも解らなくはねぇんだ……)

 遺されたものの辛さなら身に沁みて知っている。強い虚無と厭世の感に苛まれ、自分を絶望の淵に落とした存在を心底から憎まなくてはやりきれない苛烈を。

 だからこそヒセは『イカケ=ハ=ツンニークⅢ』を憎んでいる。いや、自分の愛する男を死に追いやった存在として、憎まなくては生きてゆけないのだろう。

(俺も大概バカだな。『自分』から逃げ切れるわけがないのに)

 そして、彼自身も『イカケ=ハ=ツンニークⅢ』という名を憎んだ。すべての悪意も凶印もその名に込めて、憎悪の対象シンボルとなった名を捨てて生きてきた……つもりだったのだ。

(そう、あの親子に罪を贖うべきは、この俺だ)

 たとえ償いきれるものではないとしても……

 その悲壮を勘聡く汲み取ってか、ユリは眉を僅かに歪めて、無言でスライムに抱きついた。


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