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 翌日、王の前に呼び出されたスライムは子連れの泣き女(バンシー)を見てぶるぶると身体を震わせた。

「ユリの話を聞いたとき、まさかとは思ったんだが……やっぱりか」

 不安げに眉間を曇らせたユリがスライムにしがみつく。

「知り合い?」

「ああ、ちょっとな」

 幼いバンシーに向けた眼球液はどことなくうつろだ。

「その子の父親は、やっぱり?」

「他に誰がおるん! ウチはあれからどっこのオトコにも頼らんと、一人っきりでこの子を育ててきたんや!」

「そうか……」

 剣呑な視線でスライムを刺し貫くバンシー。その敵意を甘んじて受けるスライムはずるりと床に這い蹲った。

 重く沈んだ空気を払おうと、魔王はあえて間抜けた柔らかい声で告げる。

「まあ、過去は一時おいといて、じゃな。これを見るがよい」

 気楽に投げつけられた石片の重みでぽよんと揺れたスライムが眼球液を剥く。

「もっと大事に扱えよっ!」

 大人の掌ほどの方形は、何の変哲無い薄汚れた石くれにしか見えない。だがその表面には細かい楔形の文字がびっしりと刻み込まれていた。

「ふん? 古代文字とも違うんだな。強いて言えば魔法文字ルーンに似ているか?」

 スライムが手液の中で転がす石版を、子バンシーが少し興奮した様子でもぎ取る。

「ええところに目ぇつけたな。ルーンっちゅうんはもともと石や木に彫りやすい形で作られた文字や。せやけどこれはオリジナルのルーンや無い。ざっと見ただけでアルファベット(フサルク)としては48種あるしな。うん、文章構造的にもおかしいわ。こことここ、よう見てみい? 同じ文字があるやろ。こっちが名詞だとした場合、こっちは文節の長さ的に……」

 親バンシーがさらに興奮した様子で娘からそれを奪った。

「違うでぇ、ムキク。これはこっちと組み合わせて初めて意味をなすんや。二つ、もしくはそれ以上の文字を組み合わせて全く違う音節の代わりに使う、一種の暗号やな」

 ぽかんと立ち尽くすユリの視線に気づいて、バンシーはコホンと咳払いで取り繕う。

「……失礼いたしました。この石版の解読は王立大学教授、ヒセ=カンヒめにお任せください」

「先生、スラスラ、の?」

「いいえ、そんな薄汚いぼろ雑巾に何かを教えたことなど、一度としてございません」

「スラスラ、の?」

「ああ、私達の関係を疑っていらっしゃるのですね。それは……」

 彼女は言いかけた言葉を切って、にやりと物恨みを込めた笑いを浮かべた。

「ムキク、あの人があんたのお父ちゃんや」

 娘は一瞬きょとんとしたが、聡く母親の意図を汲み取ったらしい。

「おとうちゃ~ん」

 ぼふっと音を立ててスライムに飛びつく。

「スラスラ、子持ちっ?」

「待て待て待てっ! 俺にこんなでかいガキがいてたまるかよっ!」

 確かに魔族は人間とは年のとり方が違う。それでも青年真っ只中の彼が、童子と呼ぶには年かさなこの子供の父親というのは無理がある。

「いくつのときの子供だよっ!」

「男らしゅう認めぇや、おとうちゃん!」

「だからっ! もっとマシな嘘をつけっ!」

 しがみつく子供を振り払おうとぶるぶる揺れるスライムに、ユリが疑惑のまなざしを向ける。

「だあああああ! そんな目で見るなあああっ!」

 母バンシーはそんなユリに微笑みかけた。

「そんなに気になるのなら、ご自分でその牛乳臭い雑巾ヤローに問いただせばよろしいではありませんか。もっとも、天下の大嘘つき、イカケ=ハ=ツンニークⅢが真実など語るとは思えませんけどねえ?」

 今までは長衣に隠されて気がつかなかったが、堂々と張ったその胸は思ったよりも大きい。

 ユリがしょんぼりと自分の胸を撫でさする。

「大きい、いいこと?」

「んあ?」

「真実、何?」

 その瞳は珍しく涙で濡れている。

「別に泣くほどのことじゃ……あ! ユリ、おい!」

 逃げるように走り出した銀髪を追いかける柔らかい背中液に、厳しい声が切りかかる。

「あんたが何をしたか、絶対に忘れさせたらん! あんただけが幸せになることなんか、ウチが許さへんで! 絶対にや!」


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