21
ケウィが立ち去った後、あれほど荒ぶっていた化蚯蚓たちも土中へと引いていった。後に残されたのは無残に耕された大地と、そこに散らばる白々しいテントの残骸。
ようやくユリに放された老竜は思いのほか静かな、むしろ沈んだ声音でスライムを問いただす。
「なぜ止めた……」
「ああ? あいつはあんたにとっちゃあ『親友の息子』だろ?」
気安い口調に隠されたその心遣い……
「もっとも、俺にとっちゃあ『主』を付けねらう敵だからな、容赦はしねぇ。だけど、あんただけはあいつを手にかけちゃいけねぇよ」
「ツンニーク……」
尊大な魔の王であるその竜は深く頭を垂れた。
「あの時、お前の爺さんがおってくれたらカシホを救う道もあったのではなかろうか。少なくとも無用心に少兵のみであの屋敷に乗り込むような愚は犯さなかったに違いない。」
「そうだな。俺だって止めるよ、王自らが疑惑に近づこうなんてのはよ」
「……お前の爺さんなら何と言うだろうな、今のわしを見たら」
「ううううん? 『王は正義だが正解ではない』かな」
スライムは大きな老竜の脇腹をぷよぷよと叩く。
「いいんじゃねぇの。あんたは王なんだから、あんたの下した判断は王意。そのおっさんの暴走を止めるためには必要な『正義』だったんだろうよ。だけど自分の決定に胡坐をかかず、そうやって『正解』を探している。それこそが正しい王者の姿ってやつじゃないのか?」
「正解は……あるのか?」
「さあな。ンなこたあ、あの世で爺さんに聞いてくれ」
「あの世で、か?」
「ああ、ケウィのオヤジもそっちで待ってるんだろ。一緒に美味い酒を飲むためにも、あんたは『親友の息子』を傷つけちゃいけねぇよ」
ふうっと安息の笑みが老竜の口から漏れた。
「美味い酒、か。愚痴酒になりそうじゃな……」
三毛ドラゴンがスライムを抱き上げる。
「スラスラ、感謝」
「ああ? 何が?」
「感謝」
「う? うん、まあ、どういたしまして?」
鱗を引っ掛けながらすりすりと頬ずりする無邪気な彼女の仕草に、スライムは自制心をぶっとばされそうな衝動を感じてしまった。あわてて取り繕おうと言葉を探す。
「そ、いえば……風邪っぴきがうろうろしていて良いのかよ」
「完治」
しゅわっと小さく魔力を放って、ユリは人型に戻る。
「ばかっ! こんなところで!」
細く白い身体の全てが露になるよりも早く、スライムは手近に落ちていた帆布をばさっと跳ね上げて滑らかな肌をくるむように抱きとめた。しなやかな若枝の如き乙女の姿をしたユリは、少しざらつく布の感触と共にスライムの腕液の中にすっぽりと収まる。
無防備なドラゴンの姿を解いたのだ。掌液が引き寄せたこの帆布の下は……
(はだか、裸……ハダカっ!)
混乱はめまいを呼び、そのめまいは熱い劣情となって生殖液に反応を起こす。
「ユリ、その……もちろん、この姿なら俺は大歓迎なんだが……」
布越しに硬い腰骨の感触を引き寄せる。
「ハジメテが怖いっていうんなら、俺は……別に、ドラゴンの姿でも……」
恥じらいがちに揺れる尻尾を思い出せば意識してしまうのは、その下に秘された愛されるための器官。少し伏目がちに、尻尾をゆっくりと上げられたなら、抗う術など……ないだろう。
布目に沿って下へ滑る不埒な指液は、ふっくらと心地よいカーブの始点を捉えた。
「どっちの姿だろうと構わねぇ。だから……」
遠くからヤヲの声が駆け寄ってくる。
「ユリ様~、チョーカーが届きましたよ~」
嬉しそうにユリの首もとに魔具を巻きつける。再びしゅわっと小さな音がして、スライムの腕の中にはちょこんと首を傾げる小さな主の姿が戻った。
「ヤヲ、てめええええええええ!」
「はい?」
「くっそう! その姿では……その姿だけは……」
無邪気な瞳はどこ一つ曲がることなくスライムを見上げている。その愛くるしい仕草に疚しい欲望は四散した。代わりに胸を突き上げるのは甘い庇護欲。
「イエス、ロリータ、ノータッチだっ!」
やけくそで叫ぶ声に、老竜がカラカラと笑い声を上げた。




