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 爪を振り上げた大きな老竜を三毛ドラゴンが押さえ込む。

 その隙にケウィを乗せたガーゴイルは羽を打ち鳴らして上空へと急上昇した。

「撃てっ!」

 響き渡るスライムの声。木立の間で銃口が光る。

「シモーナ=ヒ=ヲ(壁となれ)!」

 ケウィの呼びかけに応えて地中から幾百もの化蚯蚓ワームたちが絡み合いながら立ち上がる。泥水となって弾けとぶ肉塊が弾道を遮った。

 せりあがる蟲どもの勢いに守られて上空に上がったケウィは冷ややかな目で地上を見下ろす。

「今日は長居する気はないよ、伝言だ。ユリ=レヲ=ソスターセ、君が僕と共に新しい時代のフンゾンとイターセになるというなら、そのスライムは新しい世界に生かしてやってもいい」

 ケウィを狙って銃弾が飛ぶがミミズどもの頭部をぶち飛ばすのがせいぜいで、ケウィまで届くことはない。

「それにスライム、君とソスターセが子を為すことも認めよう。魔力なし(スライム)など半魔半人と交われば消える形質、だがその頭脳は滅するには惜しいからね」

「お前は、ユリを嫁に欲しいんじゃねぇのかよ」

「ああ、言い方が悪かったね。君と『も』だ」

「悪いがその申し出はうけられねぇ」

 老ドラゴンを押さえ込んでいるユリが大きな頭でスライムを振り見る。

「俺は心が狭いんだ。誰かと半分こなんて出来るわけがない……俺だけのモノになってくれ」

 鱗で覆われたドラゴンの姿はいつも以上に無表情だ。それでもスライムには、ユリがぽうっと頬を染めたのが解った。

「スラスラ、専用?」

「今は『寝台』として傍に置いてくれれば良い。だけど俺は爺さんよりいい男になってみせる。だから、お前が俺を『イケメン』と認めてくれたら……そのときは……」

 スライムの外皮もかつてないほど真っ赤に染まる。それでも眼球液は銀の竜眼を真っ直ぐに見つめていた。今日はこのバカップルを叱るあの男もいない。

 二人には禍々しいガーゴイルの羽音も、砕けて降り注ぐミミズさえもどこか遠い夢の出来事のようだ。

「スラスラ」

「ん?」

「ユリ、ずっと、スラスラ、ずっと……」

 震える胸が愛の言葉を惑わす。普段から無口な彼女は伝えるべき言葉を探して口ごもった。

 恋愛絵草子ラブロマンスのなかでよく目にする台詞、短くて簡単なあの単語がこんなにも重く、難しい一言だったなんて!

「スラスラ、好……」

 上空でばさりとひときわ大きな羽音が鳴る。

「浮かれるんじゃないよ、ソスターセ!」

 ガーゴイルの上に立つ銀髪の男に言葉を遮られて、さすがのユリも鼻先に苦々しく皺を寄せた。

「無粋」

「僕は世界を滅ぼす力を手に入れた。そのスライムを生かすも殺すも僕の気持ち次第だ」

「ユリ、スラスラ、専用」

「ああ、恋愛感情に関しては望まないよ。ただ僕の血を引いて、君の魔力を受け継ぐ子供を何人か産んでくれればいい」

「イシ=ウィヒシェニ=ヒ=ウィヤケク=ヌナーク=ケイ=スラスラ=ミ=ササワ=ヤシウィニーヤ=イニツハテ=モーノア=ナーセトンツ=ニ=クナ=クェニハラ(解らなかったならもう一度言うわ。スラスラは心も、体も、私の全てを独占したいと言ったのよ)」

 狭量な笑いを含んだ銀髪の男が流暢な古代語で返す。

「キクツキ=コ=ウェハヤ=カニ=ジクジクス=ノクヲミサタ=タハ=スライム=アツヒト=ニセミ=ヒ=クニーワケ(愛し合えるのもお互いが生きていればこそ。そのスライムを死なせたくはないだろう)?」

 ただ一人、会話に乗り遅れたスライムがきょろきょろと眼球液を動かした。

「へ? なに? 俺がなんだって?」

「今すぐに返事を聞こうとは思っていないよ。次に会うときまでに決めておいてよ」

 急速に高度を上げたガーゴイルは夜影にまぎれる。

「待て、小僧っ!」

 ユリに押さえられたままの老竜が見えなくなった背中に向けて放つ咆哮だけが月に響いた。


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