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 ユリ【幼児型】に姿を変えて主用のテントで眠っていたスライムは半馬人ケンタウロスが駆け込んでくる騒々しい音で目を覚ました。

「来た、来た来た、きたぞっ! スライムっ!」

「馬っ鹿、この姿のときはスライム言うな!」

 飛び起きてそっと入り口の隙間から窺えば、月を背負うように浮遊ホバリングしているガーゴイルが見える。こうもり羽の上で銀髪が月明かりを反した。

「ケウィさま直々のご登場かよ」

「ユリ様の姿でその口調はひくわ~」

「うるせえ! それより、一体だけなのか?」

「いや、かなり居る」

 素早く瞳を凝らすが、まぶしい月に影絵のように切り取られたガーゴイルの姿は一つだけ。

「上じゃない、下だ!」

 小さな地鳴りと共に足元の土がぼこっと盛り上がった。

化蚯蚓ワームかっ!」

 かわす間もなく、地中からせりあがってきた巨虫にテントごと吹き飛ばされる。

 高く跳ね上げられて目にしたその蟲はひどくおぞましい。節ごとにぬらぬらと粘液を垂らす胴は太く、長さは三メートルはあるだろうか。普通のミミズのようなうす桃色の環を首もとに巻いているのがかえって厭らしい。

「スラ……ユリ様っ!」

 馬足を踏ん張ったケンタウロスに受け止められたスライムは自分達を取り囲むようにぼこぼことせりあがる地面の様に恐怖した。

 しかし、今はユリの姿だ。僅かにでも動揺を気取られるわけにはいかない。能面のように表情を凍りつかせてケンタウロスにしがみつく。

「ミョネは?」

 耳もとだけで小さく囁けば、喉もとだけで響く低められた声が答える。

「伝令に行かせた。全てお前の指示通りだ」

「お前にも伝えておく。俺の理想は『一兵たりとて欠くことなく』だ。やばいと思ったら逃げることを最優先にしろ」

「そうして自分は殿しんがりになる気か? 最弱スライムのくせによ」

「俺がそんなカッコいいことするか? 真っ先に逃げ出してやる」

 普段はへらへらとエロ話しかしない悪友スライムが、ここ一番の時に大嘘吐きなのはよく知っている……ケンタウロスは決して放さない覚悟を決めて小さな体を強く抱きこんだ。

 高度を下げたガーゴイルの背中からケウィが微笑む。

「今日はあのスライムは居ないのかい?」

「スライムは……ええと……病欠だ! ユリ様に話があるんなら俺を通してもらおうか!」

「頑張るねえ、ケンタウロス君」

 ケウィの顔には深い悪意に満ちたニヤニヤ笑い。スライムは観念したようにとん、とケンタウロスの胸を突き放した。

「もういい。放せ」

「放せって、スラ……ユリ様……」

「無駄だ。もうばれてるよ。なあ、ケウィ?」

 ガーゴイルの背中で銀髪が楽しそうに揺れている。

「これだけ大騒ぎして他の兵が出てこないなんて、ありえないからね」

「もともとガーゴイルの目を欺くための仕掛けだ。お前まで騙せるとは思っちゃいないさ」

「そうだろうね。君ほどの男がわざわざこんな目立つキャンプを張らせるわけがない。もっと上手いやりようがいくらでもあるはずだ」

 上空に浮かんで見下ろせばそのあざとさは明白であろう。こんな開けた広場に白いテントをいくつも配しているなど、見つけてくれと言っているも同然ではないか。

「で? ユリが居ねぇと解っているのにわざわざ罠にひっかかりに来てくれたのか」

「いや、罠を張りにきたんだよ」

 ケウィが甲高い指笛を小さく吹くと化蚯蚓ワームたちがぼこぼこと地面の浅い部分を筋状に盛り上げて進む。

 幾筋もの土山がスライムたちを取り囲んだ。

「殺す気はないよ。君はユリ=レヲ=ソスターセと交渉するための大事な道具だ」

「俺を捕らえようってか、どうやって?」

 土をせり上げて一匹、また一匹と巨大な蟲が身を起こす。ぬらりと粘液を滴らせる頭部がくぱっと二つに裂けた。

「しィやああああああああああああ!」

 紙を縦裂きするような不快な鳴き声をあげて一頭が首を振り上げる。

 ケンタウロスは未だ主を模っている小さな体を庇うように、すっぽりと腕に抱きこんだ。


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