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偽装のために立てられた駐屯地では相変わらず少人数での警戒がしかれている。その真っ只中に降り立った女面鳥の背中から降りてきたのは、ツンノーンの宿屋の息子だった。
いかにも半吸血鬼らしい整った風貌。濡羽の漆黒に輝く髪、背中に身の丈の半分以上あるキナ臭い様相の細い麻包みを背負っている様子はまさしく絵草子から抜け出したようだ。
彼がここへ来た理由は、もちろん宿屋の営業などではない。古代兵器の道に明るい彼はヤヲ隊の軍備顧問として、ちょくちょくスライム宛にアドバイスを送っていたのだ。
だが、実地にまで赴いたのはこれが初めてだった。
「わざわざ遠くから、すまねぇな」
少し緊張気味に出迎えたスライムにサケヤが開口一番に訴えたのは……
「しっかしハルピュイアイってのは乗り心地の悪いモンだな。ガーゴイルのほうがまだましだよ」
出来るだけ大柄な固体を選んだのだが、女面鳥はもともと手紙や荷物の運搬に使われる魔物だ。乗用の魔物であるガーゴイルより快適性が落ちるのは仕方ないだろう。
「緊張感のねぇやつだな」
こぽこぽとスライムの中であわ立つ笑いの音に、サケヤはにやりと笑いを返した。
「緊張してれば勝てるってモンじゃねえだろ?」
「ふん、確かにな」
「ところで、お望みどおりのもの、探してきてやったぜ」
地面に下ろされた麻包みは、じゃりっと硬質な音を立てる。
包みを解けば物々しい狙撃銃が総身を現した。
「もちろん、ばっちり改造済みだ。だが、これを使える『狙撃手』」は居るんだろうな」
「ああ、もちろん。おあつらえ向きの男が居る」
光学照準機を組み立てて二脚を起こす見事な手際を覗き込みながら、スライムがとびきり大きなため息をつく。
「ソイツの出番が無いことを祈るよ」
「ああ、俺だって本当はこんなもの使いたくはない」
「だが、相手は既に国も、世界さえも捨てた男だ。もしものときは殺す気でいってくれ」
「怖いな。古い賢者の言葉にこういうのがある『命もいらず、名もいらず、官位も金も要らぬ人は始末に困るものなり』」
インテリぶったサケヤの言葉にスライムがこぽりと揺れる。
「本当はその後に『この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり』って続くんだがな。ケウィに関しちゃあただの『始末に困る人だな』」
「くそっ! せっかくカッコよく決めようとしたのにっ!」
「そりゃ悪いことしたな」
「お前なんか嫌いだっ!」
「そうか。ま、俺は好きだがな、お前のこと」
「うええええええ?」
サケヤが自分の胸の前を抱きしめてイヤイヤする。
「何考えてんだよ。友達として、って意味に決まってんだろ」
「あ? ああ、そうか。そうだよな~」
「時にお前、風邪とか引いていないだろうな」
「風邪ぇ? あんなものは女子供のかかる病気だ。男がかかるわけないだろう」
「ここにも馬鹿がいた……」
「あ?」
「なんでもねえ。それより、しっかり頼むぞ。師匠のサインなんかいくらでも貰ってやるから」
「サイン入りフィギュアも付けろよ。Ⅴ《ヴァンパイア》・ハンターキャラ、全揃な」
「随分と高くつく『友情』だ」
二人の男は拳液と拳をごつっと重ねた。




