14
翌朝早く、洞窟から出てきたスライムは入り口前に座り込んで仮眠を取るヤヲに躓いた。
「ぬううわっ?」
間抜けに転がる悲鳴で目を覚ましたヤヲは、ぷよぷよと揺れながら起き上がる彼の外皮が艶やかに輝いていることをいぶかしむ。
「スラスラ、まさかっ!」
「何がまさかなんだよ」
憑き物が落ちたような妙に清々しい声。
「まさか、ユリ様に……」
「ああ? ……あああ! 手なんか出してねぇよ。俺だって病気で弱ってる女を手篭めにしちまうほど悪人じゃねぇからな」
「それにしてはすっきりとした様子ですね」
「あんだけゆっくり寝りゃあ、すっきりもするさ」
久しぶりに悪夢の無い眠りだった。脳液の隅にぼんやりと張り付いていた寝不足も剥がれ落ち、爽快な気分で目覚めれば大きなドラゴンは守るように自分を抱きしめてくれている。
病的な体温も幾分温み、その寝息が静かなものであるのを確かめたスライムは大いに満足して布団を掛けなおしてやった。もちろん純粋な愛情のみ……
「チューぐらいしようと思ったんじゃないんですか?」
「ばっ! か。そんな、ふらっ! ちっ! なコトは……」
外皮を真っ赤に染めたスライムは半ばやけになったのか、噛み付くように言い捨てた。
「ちょっと思ったけどっ!」
「思っただけなんですか」
「もちろん、思っただけだ。あせるつもりはねぇからな」
ぐうっと胸液を張ったスライムは、なんだか一回り大きくなったように見える。
「ヤヲ、お前には悪いが俺は本気だ。チューの一つや二つなんかじゃなく、ユリの全てを手に入れるからな」
「ユリ様の理想は高いですよ?」
少しとげのある言い方をしながらも、ヤヲはうっすらとした予感を感じていた。
(おそらく、これが最後の意地悪になるでしょう)
優秀な彼のことだ。過去の傷を乗り越える覚悟をしたのならば、それは必ず成し遂げられることであろう。
「ユリ様の初恋の人は『イカケ=ハ=ツンニーク』です」
「爺さんが恋敵か。相手にとって不足はねぇ」
「随分と強気ですね。相手は建国の英雄ですよ?」
「確かに爺さんは俺から見てもいい男だったがなあ、残念ながらもう死んじまってる。生きている分、俺のほうが有利だ」
「ふん、やっと気づいたんですか」
「ああ?」
「何でもありません。それより、見張りの交代の時間なんじゃないんですか?」
「っと、いけねぇ。あいつらにはユリのところに居たことは内緒にしてくれよ」
ずるずると歩き出したスライムは、ふと足を止めた。ぶよりとヤヲを振り向く。
「そういえば『密告者』に伝えてくれ。俺は以前ほど『過去』が許せねぇわけじゃねぇんだ」
「知っていたんですか……!」
「俺はただ伝言を頼んだだけだよ。じゃあな」
腕液を気安く振りながら、スライムは木立の間へと姿を消した。




