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ユリはあまりにも無防備に、近寄ってくるスライムの口唇液を避けることもせずに目を閉じている。
(まさか、ナニされるか解ってねぇわけじゃ……)
軽く瞳を閉じてふんわりと唇を差し出す姿は、無骨なドラゴンだというのに妙に誘う。
(据え膳食わぬは男の恥っ!)
スライムは覚悟を決めた。彼女の全てを今宵こそ愛し、受け入れようと。
「ユリ、俺は本当に……」
少し震える声を直接に吹き込もうと、さらに近づく。
もどかしい呼吸にユリがくすぐったそうに鼻先を上げる。
「ぷ……くしゅん!」
ドラゴンの鼻腔から飛んだ小さな炎がスライムの頭頂液をかすめた。
「う熱っちい!」
のけぞって避けたスライムの鼻梁液の先がちりっと焦げる。微かな熱感が色にボケていた正気を呼び覚ます。
「スラスラ! 謝罪、陳謝、平謝り!」
焦げた外皮を撫でようと伸ばされた短い前足をスライムは優しく押し返した。
「謝るのは俺のほうだ。風邪っぴき相手にふざけてる場合じゃなかったな」
離れようとする冷たい体を太い前足が強く引き寄せる。
「スラスラ、温める」
「もう十分にあったまったよ」
「風邪、引く」
「気にすんな。馬鹿は風邪を引かねぇんだ」
「夢、怖い」
「……」
スライムはユリの胸元に顔面液を擦り付けた。いつもはすっぽりと包めるほど小さな主の腕の中に包まれるのは、なんとも奇妙ではあるが心地よい。
「これじゃあ『寝台』じゃなくて抱き枕だな」
「抱き枕、可。スラスラ、一緒、安心」
「ああ、俺もだ。お前が居るだけで安心する」
病熱で火照ったユリの体温は、冷え切って硬くなっていた体も心も緩めてくれる。今夜は夢も見ないほどによく眠れるだろう……
「まさか、起きたら人型に戻っていたりしねぇだろうな。俺だって一応は男なんだから、それはさすがに、なんていうか……もにょもにょ……」
「許可。女の子、一番、大事、あげる」
「そういう流行歌みたいな事を言うな。古風だって笑うかもしれねぇが、女の子は自分を大事にしなきゃいけねぇよ」
「スラスラ、大事、してくれる」
「ああ、大事にしてやる。この世で一番、大事に……」
悪夢に睡眠を奪われ続けていた体が大きなあくびを押し出す。
「すまねぇ、もう、眠ィ……」
軽くいびきをかき始める安らかな寝息の音にユリは竜眼を細めた。
「ユリ、スラスラ、大事、する」
首をぐうっと引き下げて、真っ直ぐスライムの口唇液に唇を落とす。軽く重なっただけのキスに満足気なため息を残して、ユリも眠りの瞼を閉じた。




