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洞窟の奥に進めば甘い香りが強く漂う。風邪で調整を失ったユリが発する魔力だろう。細い通路を辿って行き着いた広間には簡易な燭台がたてられ、頼りない光が少し湿った石壁をぼんやりと照らしていた。
その広間の真ん中に、二抱えほどもあろうかという布団の山が出来上がっている。スライムを案内してきたウィプスが甘えた態度で積み重なった布団の間に潜り込んだ。
「ユリ?」
「スラスラ?」
びくりと震えた布団の中からは、痛そうに擦れた声と小さな咳の音。
「なぜ?」
「ウィプスが案内してくれたんだよ。それより……具合はどうだ?」
「少し、良い」
「そっか。風邪には寝るのが一番の薬って言うからな。ちゃんと寝ろよ」
「眠る、不可能……」
「……俺もなんだ」
ぽそりと呟いた最後の言葉が分厚い布団の中に届いたのだろうか、もそもそと小山が動いた。
「スラスラ」
「んん?」
「寝台、希望」
「そりゃあ構わねぇけどよ、俺のことを怒っていたんじゃねぇのか?」
「怒る、違う。悔しい」
「悔しいって、何が?」
スライムは布団の山をぽんぽんと叩く。綿越しに伝わる大きな体躯の感触は、普段のユリからは考えられないほどにがっしりと硬い。
だがぽつぽつと抑揚無い声は間違いなく彼女のものだ。
「タコ、触られた、嬉しそう」
「別に嬉しくなんか……」
「局地的、悦び」
「きょくっ!」
「悔しい、怒る、ごめんなさい」
小さな震えを布団越しに感じながら、彼は自分が喜びに満たされてゆくのを感じていた。
(もしかしてヤキモチってやつか?)
それは『寝台』に対する独占欲なのかもしれない。だが、可能性はゼロでは無いようだ。
そんな些少なことがほんの少しだけスライムの背中を押す。
「ユリ、そのままで聞いてくれ……」
掌液が緊張の汗でじっとりと湿る。
「俺は……お前のことを……」
……好きだ? 愛している? どちらも凡庸だ。
拒まれたら自分の存在ごと消されてしまいそうな、この苦しみをどう伝えれば……
入り口から吹き込んだ、小さく燭明を揺らす風の冷たさが次の言葉を奪った。
「ふィ……っきしょいっ!」
「スラスラ、風邪?」
ばさばさと布団が崩れ、ユリが立ち上がる。
布団越しの感触から予想はしていたが……その巨なる姿にスライムは僅かに臆した。




