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ユリに伝える言葉を考えながらゆるゆると進むスライムより、身軽に駆け抜けるミョネの方が先にたどり着くのは当たり前のことだ。ヤヲと二人で木陰に潜んだ彼女は悩み深いスライムがユリの宿となっている洞窟に近寄るのを見守っていた。
深い闇穴の中からピンクのウィプスが現れてぶよぶよとした生き物の周りを飛び回る。何か二言三言、話したようだが……彼はウィプスに誘われて洞窟の中へと入っていった。
ミョネはぴったりと寄り添いながらヤヲを見上げる。
「このことも魔王様に報告するのかい?」
「そこまで無粋じゃありませんよ」
瞳の金がいつもより濡れ輝いて見えるのは、月明かりのせいだけでは無いだろう。
「『お兄ちゃん』としては複雑?」
「だって! 大事に大事に育ててきたユリ様が……オンナになってしまうのかと思うとっ!」
「あのスライムにそんな度胸は無いだろうよ。告白だってしないつもりらしいよ」
「朴念仁がっ、まだそんなことを!」
「それでも、姫サンの近くに居たいんだってさ」
ヤヲが不意にミョネの前髪を掻き揚げる。つるりとなだらかな額に軽い口付けが降った。
「……すみません。あなたまで『密告者』にしてしまった……」
「ボクは別に」
背伸びしてヤヲの頬にキスを返し、そのまま首を抱き寄せる。その動きに逆らうことなく頭を下げて、彼はふくよかな胸に顔をうずめた。
幼子にするように金の髪を指で梳き下ろせば、長躯がおびえたようにびくっと動く。
「……すみません……」
「はいはい」
……全く、あの魔王さまは……
人を使うのがお上手だ。素直で優しいこの男が『密告者』としてうってつけなのをよく心得ている。
ユリの『お兄ちゃん』である彼なら、小さな妹を守るために汚れ役をも厭わないだろう。そして罪の 意識ゆえに決して自分が魔王と密通していることを明かしたりはしない。
(おまけに、今はスライムだって居る)
相棒と認め、全幅の信頼を寄せる親友が。彼がかつて自分の『密告』のせいで親族を死に追いやり、その深い傷から未だ立ち直りきってはいないことをヤヲは心得ている。
「スラスラには、絶対に……言わないでくださいね」
「解ってるさ。いいから少し泣いておきなよ」
そんな涙など気休めに過ぎない。この哀れな『密告者』を赦すことが出来るのはただ一人……情けないほどに震える背中を強く抱いてやりながらミョネは洞窟をちらりと窺い見た。
洞口は黒々と光を拒み、飲み込んだ男の行く末さえ気取らせはしない。
(いいかげん男見せなよ、スライム)
心の中でそっとつぶやいた祈りを夜風が満天の星空に巻き上げる。
星が一つ、強く瞬いたように見えた。




