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(もういいや。この悪夢を終わらせてくれよ……)

 動体視力に優れたヤヲの目では、痛みに狂った魔物が突きおろす爪の先がどれほど鋭く尖っているのかさえはっきりと解る。横に転がればあの凶刃から逃れることも出来よう。

 だが、スライムは動こうとはしなかった。自分の命を終わらせてくれるであろう無慈悲な一撃が轟然と空裂く音を聞きながら、へらりと笑う。

(ユリ……)

 死ぬ前には人生が走馬灯のように流れるものだというが、永遠よりも長い一瞬の中でスライムの脳液の裏をめぐったのはたった一人の姿だけだった。

(はじめはマジでガキだと思っていたんだがな)

 ギガントにさらわれて二人で閉じ込められたあの地下室を思い出す。頼りなく小さな銀髪の少女に多少なりとも不埒な思いを抱いたのは、本能的に『解っていた』のかもしれない。

(大人の姿のお前は、俺にとっちゃあ……)

 『好きな女』だ。汚い情欲だって感じるし、幾度かオカズにしたことだってある。

 だが本当に純粋にそばに居たいという、この綺麗なだけの恋心だってウソではない。

(そんな女に無防備な寝顔を許されて、抱きしめて眠る夜がどれほどに嬉しくて……苦しいか、お前は知らないだろうな)

 甘く預けられた重さと、温かいあの感触を思い出した瞬間、スライムの思考に鋭い光が差した。

……知るわけが無い。俺はユリに何一つ伝えてはいないのだから……

 その思いが強い生存欲へと換わる!

 ごろりと大きく転退したスライムの甲冑を掠めて、魔物の爪はきいっと小さく軋んだ。

「く! 死んでたまるかっ!」

 取り落としたままだった剣に素早く手を伸ばす。

「死んで……死んでたまるかああああああああ!」

 起き上がる膝の勢いを借りて魔物の体に自分の体ごと剣を叩き込めば、ずぬ、といやな手ごたえとともにその刀身がガーゴイルの左胸を貫いた。抱きかかえるような形でスライムの攻撃を受け入れた魔物は一瞬、動きを止める。

「クキィイイイイイイイ!」

 ガラスを掻き毟るように甲高い悲鳴が辺りに響いた。

「こ……のっ! クソがあああああああ!」

 それをかき消すほどの怒号を張り上げて、スライムは柄を捻るように剣を進める。ぶしゃぶしゃと音を立てて噴出す返り血がその全身を赤黒く染め上げてゆく。

「クイ……」

 魔物が力なく最期の一息を吐いた。がっくりと倒れる体に深く埋もれたままの剣を手放せば、強く痙攣する醜怪な魔物は血溜まりの中へと倒れこむ。

……生きて……

 耳液の奥で、母の声が聞こえたような気がした。


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