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種を明かせば立ち並ぶテントはスライムが用意した偽装だ。予備のテントをかき集め、それでも足りない分は有り合わせの布と木材でそれらしい形に作ったものである。
洞窟で療養中のユリを含めた本隊からは2キロほど離れている。ここには見張りのために最低限の人数しか配備していない。ケウィが送り込む刺客の目を引き付けることだけが目的だからだ。ハナっから戦闘など行う気は無い。
有事の際には伝令を飛ばしていち早くユリを逃がす。その後で自分達が脱出することも考えれば、ここに大人数を置くのは得策では無いだろう。
「でも、まさかこのメンバーになるとはな」
未だ旋回を続けるガーゴイルに油断無い視線を送りながら、スライムは傍らで同じように目線だけであたりを探るケンタウロスと隊員Aに気安い口をきく。
スライムが彼らを選び出した理由はただ一つ、体が丈夫で風邪など引いたことが無いと言うからだ。少人数であればこそ、一人として戦力を欠くわけにいかない。
「……このメンツを見ていると、『馬鹿は風邪を引かない』ってのは本当なんじゃねぇかと思えてくるよ」
「ああ、特にお前な」
「馬鹿言え、俺は頑丈なだけだ。大体風邪なんか引くのは気がたるんでる証拠だね」
「そうだな。病は気からって言うもんな」
ばさりと羽を下ろしたガーゴイルがひときわ白く映える別珍製のテントに手をかけた。
それは普段はユリが使っている特製のものだが今はもちろん無人だ。それを悟られないように内側に薄いピンクの布を張り詰めて、そこらで捕まえたウィプスを入れておくという凝った演出を施してある。
まるでユリの飼いウィプスが漂いながら照らしているような風情こそあるが、人気の無い違和感はおそらくあのガーゴイルにも伝わったのであろう。
「……他に敵はいたか?」
今はヤヲの姿だ。腰の剣に手を当てたスライムは跳躍のために膝を落とした。
「いや、あいつだけだな」
隊員Aは懐の中に右手を差し入れる。艶消しの黒色も禍々しいリボルバー銃が顔をのぞかせた。
「ならば話は簡単だ。とりあえず黙らせればいい……」
ケンタウロスがポキポキと拳の関節を鳴らす。
「じゃあ、きっちりと黙らせてくれよ!」
スライムの言葉を合図に三人はテントの陰から飛び出した。
「くきゃあ!」
奇声を上げてこうもり羽を広げた醜い生き物はふわりと飛び上がる。
添え手をくっと上げて照準を定めた隊員Aは迷うこと無く引き金を引いた。撃鉄が打ち込まれる小さな音と、発生した爆力によって撃ちだされる弾丸の猛り。
ぼ!と薄い羽の一角が小さく打ち貫かれて弾けた。
飛翔力を失った魔物が地面に転がる。
蹄を踏み鳴らして駆けるケンタウロスが勢いのままに無様な生き物を蹴り上げる。
「行ったぞ、スライム!」
自分に向かって放物線を描く生き物に、スライムは剣をかしっと構えた。
しかし既に顔の半分をつぶされ、どろりと落ちそうなほどに腫れ上がった魔物の眼球と目が合った瞬間……
「うぐっ!」
スライムは激しい嫌悪感に目の前が真っ白になるのを感じた。
閉ざされた現実と蘇る悪夢……べちゃっと耳障りな音を立てて地面に転がった魔物の血飛沫が夢の中で惨殺されてゆく親族達の姿に重なる。
「ぐううううう、けほっ! うげえええええっ、けほっ!」
激しく食道液内にあがる胃液で嘔吐いたスライムは剣を取り落とした。
「何やってんだ、ばかっ!」
駆け寄ってくる仲間の足取りがスローモーションのように見える。断末の悪あがきに振り上げられたガーゴイルの爪も……
拷問の鉤のようなその爪はスライムの脳髄液めがけて一直線に振り下げられた。




