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「何しに来たんだよ」
明らかに不服そうなその声にも、老人はにこやかな表情を消すことは無い。
「浮気した婿殿を叱りに来たんじゃ」
「浮気なんてこれっぽっちも考えちゃいねぇよ」
「ふむ? 『ユリと付き合っているわけではない』とは言わんのじゃな」
「まあ付き合っちゃいねぇけどな、少なくとも俺はユリ以外の女なんて考えられない程度には、イカれちまってるよ」
「まあ今回は一方的に迫られただけだと聞いておるし、それでも貞操は守ったそうじゃからな、責めはせんよ?」
「随分と細かく報告が入ってるんだな。誰が『密告者』なんだ?」
「言うわけが無かろう。ただヒントを与えるなら、お前やユリを裏切ることを一番心苦しく思う者じゃな。だからこそ決して自分が『密告者』だとばらすことは無かろうて」
「汚ねぇやり方だ」
ぎり、と奥歯液を噛むスライムに魔王は涼しく返した。
「王など、きれいごとだけでやってゆけるものではない。清濁併せ呑む度量を持たねばならんと、お前の爺さんが教えてくれたのじゃが?」
「ぐうううう、確かに王とはそういうものだ」
「なのにお前は、ウチの娘をお綺麗なままでとっておこうとしすぎじゃ」
「しかたねぇだろ、俺にとってユリは……」
『ただの女』だ……王になどならなくてもよい、ただ何時までも隣にいてくれさえすれば……
「がああああ! ンなこと言えるかあっっ!」
突如に激高したスライムをなだめるように、老成された声はあくまでも優しい。
「まあ今日はお前を茶化しに来たわけじゃない。『大いなる福音』を狙うあの男のことじゃ」
「ああ、ケウィか」
ケユで海中の城から姿を消して以来、その足取りはようとして知れない。陸兵中尉という肩書きを持ち、婚姻外の子である彼の失踪はノーニウィヨにとっても一大事であり国を挙げての捜索が行われているが、未だ手がかり一つ得られていないのが現状だ。
スライムは渋面にも似た皺を外皮に表す。
「滅ぼすつもりの国も肩書きも必要は無い……本気になったってことだな」
「残りの一枚はわしの手元にある。そう簡単には手を出せんじゃろう?」
「そう願いたいが楽観視はできねぇ。それに、あいつはユリのことも欲しがっている。もしかしたら一挙両得を狙ってユリがあんたのところに到着するのを待っている可能性もある」
「ふむ、ユリをノーニウィヨの城に帰したほうがいいかのう?」
「いや、このまま行く。あいつの出方を見てぇし、ユリは福音を破壊するための力を持っている。いざとなったら俺とユリがあんたのところに駆けつけてやるよ」
「……本当に爺さんに似ておるなあ」
「冗談言うなよ。俺みてぇな『裏切り者』があんな英雄サマに似てるわけがねぇだろ」
「いや、そっくりじゃ。生意気で、悪ぶってて、やたらと女にモテる……知っておるか、あいつと飲みに行くとわしが狙っておった女の子は、みんなあいつに取られてしまうんじゃ。ったく、あの女タラシがっ!」
「知らねぇよ。それより、ユリの顔ぐらい見て行かねぇのか?」
「おお、会わせてくれるのか」
スライムは少し寂しげに曇らせた眼球液を月に向けた。
「寝顔しか見れねぇぜ?」




