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26

 スライムは、硬く抱き合った恋人同士に頚椎液をすくめて、静かに部屋を出る。ドアのすぐ横には、ニェケが膝を抱えて座り込んでいた。

「そんなに心配しねぇでも、あの二人なら大丈夫だよ。それに、あのラブシーンはガキにゃ毒だ。行くぞ。」

 スライムに促されてのろのろと歩き出した彼は、それでも顔を上げようとはしなかった。

「僕のせいだ。」

「お前のせいじゃねぇよ。」

「僕がもっと強かったら! みんなを守れるほど強かったら、誰も傷ついたりはしなかった!」

「だから、お前一人のせいじゃねぇって。」

 細く伸ばした手刀液が、柔らかい『スライムチョップ』を喰らわせる。

「どうしてですか! 僕が子供だから、戦う力が無くて当たり前だから馬鹿にしているんですか!」

「お前はガキだが『男』だ。戦う力はあるだろう?」

 彼は一人前の男に対する敬意をこめて、拳で小さくニェケの肩を小突いた。

「大人だって、自分が大事なものを全て守れるほど強くなりてぇと思っているさ。だけど、一人じゃ無理だ。だから同じものを守りてぇと思っている仲間を探すんだよ。」

「仲間……」

「お前にだって居るじゃねぇか。あの時、宝物庫に駆けつけた番兵達? 多少頼りなくはあるが、いい仲間じゃねぇか。」

「そう……ですね。」

「そんなしけた顔するなよ、あいつらが気の毒だろう。それに、お前はまだ若いんだ。これから仲間はもっと増えるさ。」

「でも、好きな女の子ぐらいは僕一人で守ってあげたかったのに……僕はむしろ、彼女に助けを求めてしまった。」

「あー、気にすンな。ユリは規格外だ。俺なんかいつも守られっぱなしだよ。今回だってあいつに引き上げてもらっちまったしな。」

 スライムはわしゃわしゃと小さな頭を撫で乱す。

「それでもせめて、あいつの心だけは恐ろしい夢から守ってやりてぇと……だから『寝台』なんかやってんだよ。」

「どうしてそんな話を僕に?」

「お前もユリが好きなんだろ。」

「でも、僕は子供ですよ。」

「俺だってスライムだぜ。それでもユリは譲れねぇ。」

「ぼ、僕だって!」

「だろ? だからだよ。」

……本当の一人前扱いって、こういうことか。

 このスライムは他の大人のように、ニェケの能力を過小に見たりはしない。だからといって過大に評価することも無い。

「……どうした?」

「そんな余裕こいていられるのも今のうちだよ。僕はあと十年もすれば大人になるんだからね。」

「知ってるよ。」

「そのとき、絶対あんたよりいい男になってやる! 覚えてろよ!」

 パタパタと走り去る『恋敵ライバル』の背中を見送ったスライムは、眼球液すら上げずに天井に向かって声をかける。

「で、お前はどこまで着いてくるつもりだよ?」

「いやああああん、気づいてたのおおおお?」

 スライムの足元に落ちてきた『タコ』は、床に当たってべちゃっと無様な音を立てた。


「おい、大丈夫かよ。」

「いやああああん! 時折見せる優しさもクールっ!」

 脚をぐにゃっと張って起き上がったニサは、(おそらく)真顔でスライムを見つめた。

「あなたは、あの子の恋を笑わないでくれるのね。」

「あいつも、俺を笑わないでくれたからな。」

「でも、普通の大人は笑うのよ。『亡き母君の面影を……』とか、『子供社会を知らぬがゆえ……』とか言って。あの子はいつだって真剣なのに!」

「ちょっと待て。『いつだって』?」

「ああ、あの子、惚れっぽいから。」

「何ィいいい! そんな浮ついたヤローにユリは渡さんっ!」

「『子供だから仕方ない』とは言わないのね。」

「ああ? あいつはどう見たって子供だろうよ。ちっこいし、くそ生意気だし。」

「あんた、本当にいい男ね。」

 鰓からほう、とため息が漏れる。

「ニェケのことは赤ん坊の頃から知っているのよ。オムツだって替えてあげたわ。特にご両親を亡くしてからは一時、手元で育てていたから情が移っちゃってね。とても他人とは思えないの。だから、あの子に大事なことを教えてくれる、あなたみたいな『父親』が欲しいのよ。」

「お前だって、母性溢れるいいオンナじゃねぇか。」

「じゃあ、結婚しちゃう?」

「無理だな。」

「どうしてええええ! 本気なのにいいいいい! タコだから? タコだからなの?」

「見てくれじゃねぇよ。」

「じゃあ、ドMだから? そうなのねっ!」

 ニサがじたじたと脚を振る。

「そんなこっちゃねぇって。俺の気持ちの問題だよ。今は……他の女なんて考えられねぇ。」

「じゃあ、さっさと告白して振られてきちゃってよ!」

「縁起でもねぇことを言うなよ。まだ振られるって決まったわけじゃねぇよ。」

 ぷるんと寂しそうに揺れながら、彼はぽそりと呟いた。

「それに、振られたくらいじゃ諦められそうにねぇんだ。」

「スライム、あんたって……」

 吸盤のついた足がしゅるりとスライムに巻きつき、きゅううっと締め上げる。

「結婚して! やっぱり結婚して!」

「馬鹿! やめろ! こんなところをユリに見られたら……」

 逃れようともがくその頭上から、彼が一番恐れていた声が冷たく突き刺さった。

「何、する?」

「ユリっ! 違うぞ、これは別に……」

 見下すような銀の瞳にもニサがひるむ様子は全く無い。

「お願い! 私に花嫁衣裳ボンデージを着せてっ!」

「そんなマニアックな結婚式はイヤだっ!」

「じゃあ、普通の結婚式ならいいのね。」

「カンベンしてくれえええ!」

 ユリがくるりときびすを返した。

「待ってくれ、ユリ、俺はこいつと結婚する気なんてないんだぞ! むしろ、俺は……」

「知る、ない。」

「『知らない』じゃなくて、取りあえず助けてくれ、ユリ、待ってくれユリいいいいいい!」

 すたすたと歩き去る後姿に銀髪が揺れる。だが、その細い肩は決して振り向こうとはしなかった。



 こうして、スライムの旅は続く。


そして、また次のブロックが書きあがるまでお待ちください。

今回は20日! 20日時間をください。

11月8日、再開です。

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