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 臆した兵たちが逃げ出そうと宝物を蹴り上げ、ガラガラと騒々しい音が響く。出入り口は我先に表へ出ようとする混雑で積み重なり、押し合い、喧騒があたりに満ちた。

「スラスラ……」

 騒劇の真っ只中に、ミョネを抱いて座していたヤヲはポツリと言葉を吐く。

「心臓が……動いていないんですよ……」

「……」

 泣くつもりなのだろうか、笑うつもりなのだろうか。ヤヲが大きくひっ、ひっと息を乱す。

「心臓が……」

 その後に続いたのは声ですらない。肺をつぶすほどの咆哮。

 弾かれたように動いた男は、自らが一閃の刀軌となったかのようにフルンティングを抜き放った。

「ケえウィいいいいい!」

 大きく飛びのく男の体に触れたのは剣風だけだというのに、瞬刃と化した切っ先は魔力さえも切り飛ばし、詠唱の陣と右腕を裂く。

「ぐ! ミ=ヅソ(弾け)!」

 左手で急場に作った風の陣は二閃目を放とうとしたヤヲを僅かに後ろに逸らしただけだった。

 踏みとどまって沈んだ膝をそのまま跳ね上げて、大きな跳躍が上からケウィに襲い掛かる。

 とっさに抜き放たれたレイピアがその勢いを貫こうと差し上げられるが、ヤヲの身体能力がそれを許さなかった。大きく背中をのけぞられた長身がその攻撃の遥か上に上がる。宙でくるっと回転した体が直下で剣を立てた。

 ごろりとかわしたケウィは、自分が今まで居た床に突き立った刃を見てさすがに臆す。

「バケモノか!」

 固い床材すらも物ともせず、刃の中ほどまでが石を裂いて沈み込んでいる。引き抜こうと力をこめたヤヲの次撃は、僅かに遅れた。

「イ=ジユヌア=メチゼ=シモー=アケヌヘソ(わが道を塞ぐ壁を打ち抜け)!」

 ケウィの呪が壁を打ち抜く。大きく開いた穴から、部屋に海水が流れ込みはじめた。

「ここで私と死んでくれるんですか。」

「死ぬのは君たちだけだよ。僕が海中戦のできる手駒を用意しておかないと思うのかい?」

 流れこむ勢いに乗って、空気の入ったガラス玉を引いた数人の、銀髪の海男マーマンが押し入ってくる。

 膝までを満たした海水を掻き分けて、ケウィはガラス玉に滑り込んだ。

「ヤヲ、俺たちも脱出しないと!」

 叫ぶスライムに向けて、ガラスの中からひらひらと手が振られる。

「くっそ! おい、ヤヲってば!」

 すでに腰まで上がった水に流されそうになるミョネの体を捕まえて、スライムは呆然と立ち尽くす男に近づこうともがいた。だが、複雑に渦成す水流は柔らかい体を押し戻す。

「スラスラ、私はここに残ります。ミョネをこちらへ……」

 沈んでゆくガラス玉を呆然と見送ったその男は、愛する女の抜け殻を求めて手を伸ばした。

「ここで、永遠にミョネと……」

「こ……っの、あほんだらああああああ!」

 すばやくギガントに形を変えたスライムが、渾身の力で彼の頬を張り飛ばす。ヤヲが力なく倒れ、一瞬だけ水中に沈む。すぐに仰向けに浮き上がった体は全ての気力を失い、ただ呼吸をするだけの木偶のようだった。

 ヤヲの胸まで届いていた水も強大なギガントなら腰の高さ。スライムはヤヲを肩に担ぎ上げる。

「ともかく、ここから出ねぇと話もできねぇ。」

 太ももでざぶざぶと水を掻きながら、二人を担いだ彼は出口を目指す。が、流れ込む水は部屋のあちこちにぶつかっては荒れ狂い、思うようには前に進めない。

「くっそが! 死なせてたまるかよ! 二人とも俺の……俺の大事な……」

 もし二人を手放して両腕で水を掻くことができれば、あるいは自分だけなら助かるかもしれない。だがスライムは、自分の大事な仲間を捕まえる腕にさらなる力をこめた。

「俺の大事な……仲間なんだ!」

 ようように出口にたどり着いたギガントに、水の流れが方向を変えて襲い掛かる。

「しまった!」

 足をとられて水に沈んだ彼は、自分がものすごい勢いで壁に叩きつけられた衝撃さえ、遠のく意識が見せる幻覚のように思えた。

(それでも、この二人だけは!)

 ぶよりと形を変えながらヤヲとミョネを……いや、大事な仲間達を躍起になって包み込む。朦朧とする意識の中ですら、ただひたすらに!

(ユリ、ごめんな。ずっと一緒にっていう約束は……)

 水圧で肺液が押しつぶされ、最後の呼吸すら搾り取られる。海泡に混じる呼吸の中に愛くるしい銀髪の思い出を浮かべながら、スライムは急激に薄れる意識を感じていた。

(もし……もし、もう一度会えるなら、俺はお前を……)

 階上から伸びた巨大な吸盤が、ぷかりと漂う体を掬い上げる。だが仲間を守る玉と化したスライムには、その吸盤の向こうで自分の名を呼んでいる女の声すら届かなかった。


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