20
大海という天然のセキュリティーに守られているがゆえ、この城は内部に入り込みさえすれば守りは決して厚いものではなかった。
おまけにケウィの魅惑魔法の虜となったニェケが率先して剣を振るう。味方と信頼していた、しかも少年である彼相手では番兵に立っている大人たちも存分に力を示すこともできず、固い石畳の床に倒されるばかりだ。
そうして目的の宝物庫へと押し入ったケウィは、所狭しと積み上げられた金飾の類を鼻先であざ笑った。
「成金趣味だな。」
その傍らに跪いたニェケがぼんやりと口を開く。
「実用的な目的です。海中では鉄など錆びてしまいますから……」
「解説はいらないよ。あの石版はどこにあるのかな?」
「僕も、この部屋にあるということしか……」
「まあいいさ。宝探しは得意分野だからね。」
ケウィがガラガラとド派手な音を立てて金色のガラクタをかき回す。それにのろのろと続くニェケの動きは、まるで夢の中に居るような緩慢さだった。
がしゃんと投げ出された金物を、のろりと揺れる小さな手が拾い上げる。
「ん~、少しは整理したほうがいいよ。収納の分類に法則性がなさ過ぎる。例えば形で分ける、年代で分ける、重要度で分けるなんてのもあるよね。そうして分類がなされていればこんなに手間はかからないんだけど……」
ガラッと大きく山を崩しながら、ケウィがぴたりと手を止める。
「なるほど、わざとか。」
目もくらむ黄金色の下に無造作に放り出された掌ほどの小汚い石は、一見すれば天井か壁からはがれた変哲の無い欠片のようにも見える。だが、それを捜し求めていたケウィにとっては、ここにあるどの財宝よりも価値のある、まさに宝であった。
ほくそ笑みながら彼がそれに手を伸ばそうとしたまさにそのとき、背後から鋭い声が、
「それをこちらに寄越しなさい!」
振り向いたケウィの目に、広い入り口を潜り抜けるその男の金髪がこの部屋のどの黄金よりも鮮やかに映った。
「これはこれは、隊長ドノ。」
ケウィは彼が右手で引きずっているものに目を落として、いっそ醜猥とも言える凄まじい笑顔を浮かべる。
「随分と激しい愛情だね。」
そこには浅黒い痣と傷に全身を彩られたミョネが両手両足を縛られ、猿轡をかまされて、されるがままに転がっていた。
もちろん金髪の隊長はスライムが演じている。ミョネの傷跡だってここに降りてくる間に草の実をつぶした汁で、それらしく染めた贋物だ。だがケウィの目にはどう映っただろう……
「品行方正な『黄金の陽光』ってのは外面かい?」
からかうのではなく、純粋に馬鹿にしたその口ききに、スライムとミョネは心の中でハイタッチを交わす。
「ええ、だからストレスが溜まってね……ちょうどいいストレス解消でしたよ。」
スライムお得意の悪人顔が、黄金の美貌を鮮やかに彩った。
「しかし使えない女ですね。これだけ可愛がってやったのに、口の一つも開きはしない。餌代が無駄になってしまいましたね。」
「で、その使えない女をなぜ連れてきたんだい?」
「あなたにとっては大事なコレクションでしょう? その石ころと交換してください。」
「これが何か知っているのかい?」
「さあ。ただ、ユリ様を世界の覇王にするものだとスライムは言っていましたよ。」
ケウィは肺が縮むほどに身を折って笑い転げる。
「これの価値が解っているのに、そんな壊れたおもちゃと? 交換? やだよ。」
「ふん、とことん使えない女ですね。」
すらりと腰の剣が抜かれる。もちろん巨人斬などではなく、スライムがわざわざ急ぎで取り寄せた奇術刀なのだが、老練の名優のごとき彼の演技力は、微かな明かりに冷光を放つ銘刀であるかのような錯覚をミョネにすら感じさせた。
「私だって要りませんよ、こんなおもちゃ。」
月雫のような刃が高々と振り上げられる……




