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宿までユリをきちんと送り届けたニェケは、ロビーの椅子にずるりと座って待ち構えていたスライムに、明らかな憎しみを向けた。
「そんなに僕が信用できませんか。」
「や、そういうわけじゃ……ねぇよ。」
「それに尾行も、もう少しまともな人は居なかったんですか」
ドアの影からこちらを窺っていたヤヲが、びくりと震える。
「気になってエロい気になれなかったろ?」
「あなたみたいに汚い大人と一緒にしないでください。僕のは純愛、そういう気持ちなんかこれっぽっちもありませんよ。」
「ウソ吐け。俺がお前ぐらいの年のころには、興味はあったぞ。」
「ふん、育ちが違うんです。」
姫君の手の甲に恭しい口付けを捧げて、ニェケは一歩下がった。
「本日は僕などのために貴重なお時間を割いていただき……」
「変。」
「え、何か失礼な言い回しがありましたか?」
ユリの隣に這いよったスライムが、小さな肩をずるりと抱き寄せた。
「もっと普通に話せってことだよ。」
「それは正式な挨拶としては……」
「挨拶なんかじゃねえよ。お前は楽しかったのか?」
「……楽しかったよ! ユリさんは、楽しんでくれましたか?」
ユリの頬がかすかに上がる。
「えび、おいしかった。かに、おいしかった。感謝。」
「お、随分良いモン食わせてもらったんだな。」
「えび、ソース、オレンジ」
「オレンジソースで食うえびか。上品な組み立てだな。」
よどみの無いその会話に、少年の内に再び嫉妬の火の手が上がった。
「ずるい。」
「は?」
「何でも無い! それより、今日のデートのお礼代わりにヒントぐらいは教えてあげるよ。石版は王宮の宝物庫に保管されている。僕にはよく解らないけど、ウチの王様はその守護者だって言ってたからね、そう簡単にはいかないと思うよ。」
「そもそも王宮ってのが見つかんねぇんだよ。」
「王宮は、間違いなくこの町にある。あとは自分で探してよ。」
「なんか……すまねぇな。」
「本当だよ! あ~あ、女スパイなんていうから、どんなすごいコトされるのかドッキドキだったのに、全然だしさぁ!」
スライムが外皮の上でにやりと笑う。
「お前、本当は可愛いやつだな。」
「は? 子供っぽいってことですか!」
「違ぇよ。取り澄まして、取り繕った物言いよりもそっちの方が好感が持てるってことだよ。」
ユリも小さく首をかしげる。
「イケメン値、4,000。」
「はぁ? ちょっと待て、それはおごってくれたポイントを加算してだよな。昼飯分をさっぴいたらどうだ?」
「3,800。」
「ぐああああ、こんなガキが三千越えなんてっ! お前、ちょっとトレースさせろっ!」
小さな体に飛びつこうとしたスライムを、飛び出してきたヤヲが取り押さえる。
「スラスラ! 犯罪スレスレですっ!」
「離せえええ! ショタと罵られようが、非道と言われようが構わねぇ。俺はイケメンになるんだああああ!」
もみ合う大人たちに、二人の子供は小さく肩をすくめた。
「また誘いに来ても?」
「……」
暴れるスライムにキョロっと視線を走らせる様に、彼はさらに大きく肩をすくめる。
「今度は、スライムさんも込みで良いですよ。」
「陳謝。」
「別に解ってたし。彼の話をするとき自分がどんな顔をしているか、気づいていないんでしょう?」
「無表情。」
「あれは無表情とはいわないよ。動きは乏しいけど、何でも顔に出まくりだモン。」
「よく、言う。スラスラ。」
「へえ、スライムさんにも同じことを言われる?」
「ニェケ、イケメン値、6,000。」
「たったそれだけで二千アップとか……どんだけだよ、あのスライムは。」
「スラスラ、イケメン値……」
ユリがニェケに、こそっと耳打ちをする。
「それは、僕じゃ勝てないや。」
少年は破願する。だが、そこに混じる微かな寂しさに、ユリはぺこりと頭を下げた。
「陳謝。」




