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ドアの外に待たせている少年のためにユリのドレスを選びながら、スライムは体がぷるりと揺れるほどのため息を吐き出す。
「本当にいいのか?」
「ユリ、女スパイ。」
乏しい表情で精一杯に笑う不器用さが、スライムを締め付ける。
「俺はお前を手駒にするつもりはねぇ。いやなら断ってもいいんだぞ。」
ユリは少しだけ首をかしげてスライムを見上げた。
「手駒、違う。仲間、協力。」
(馬鹿、仲間なんかじゃねぇよ。)
それはスライムにとって何よりも大事な、たった一人のオンナ。それを情報のために売り渡すなど……
「そうか、大事な物を売るのは慣れてるな。」
暗い自嘲に染まるスライムに、ユリはきゅっと抱きつく。
「ミョネ、仲間。助ける、希望。」
「ああ、解ってるよ。」
主であるユリには、今回の作戦のあらましを伝えてある。長い解説に疲れて途中で眠ってしまった彼女には、どこまでが伝わっているのか怪しいものではあるが、少なくともミョネを救うためのものであるということは伝わったようだ。
「ニェケ、子供。危険、無い。」
「ガキだって男には違いねぇ。恋する男ってのは馬鹿だからな、用心しろよ。」
衣装箱から選び出した真っ赤なサンドレスを放ってやりながら、スライムはじり、とした感覚を感じていた。
細い紐だけでたっぷりとしたギャザーを吊ったそれは、幼女だからこそ許される穢れ無き色気。肩をあらわにした元気の良い女の子は、きっとこの上も無く愛くるしいだろう。
「幸い、ヤヲはまだ面が割れてねぇからな、護衛につけてやる。だからって無理はしねぇでくれよ。」
「ミョネ?」
「ああ、あいつには作戦のためにいくつか動いて貰いてぇからな。別行動だ。」
「『ブライトジュエル』。」
落胆の声で、人気 絵草子のタイトルが呟かれる。それは二人組のナイスボディ女性怪盗の活躍を描いたちょっとエッチな絵草子なのだが、
(冗談じゃねえよ。お前が他の男にハニートラップとか、耐えられねぇ。)
その思いを軽口に隠して、スライムは小さな額を指液で軽くはじいた。
「お前じゃボリュームが足りねぇよ。」
ユリが薄い胸に手を当てる。
「そうそう、その辺の、な。」
「大きい、好き?」
「男は皆、でかいのが好きだ。」
……観賞用なら。
夢の中のあられもない姿に欲情したことを思い出して、スライムは小さな姿から視線を逸らす。
「本当はお前には、誰かを利用するような汚ねぇやり方を覚えて欲しくは無い。」
小さな手が間違えることなく顔面を成す液体を捉え、ぐりんと引き寄せる。
「ユリ、王。」
「ああ、そうか。俺は『寝台』だったな。」
甘い感情に溺れてそんなことも忘れるようでは、ユリの近くに居る資格すら無い。
「いいか、王者の交渉に等価交換なんて存在しねぇ。うまそうな餌を見せるだけ見せて、食わせないのがコツだ。」
「了解。」
「ともかく、着替えちまえ。」
ずるりと動き出すスライムを、ユリは不安そうな声で呼び止めた。
「どこ、行く。」
「あのガキを何とかするんだよ。あんなダサい格好じゃ、お前とつりあわねぇからな。」




