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ドアを開いたヤヲは、窓辺で幼い主を抱きしめて固まっているスライムを見て、申し訳なさと寂寥がない交ぜになった表情をした。
そして、実にありがちな侘びの一言……
「お邪魔でしたか?」
「いやぁ~、全然っ!」
ぎぎっと不自然な硬さで二人が離れる。
「で、こんな夜中に何用かな、ヤヲ君?」
「そのしゃべり方、かえって不審ですよ。」
「そうかい? いいから用件を言いたまえ。」
ヤヲは、急にまじめな顔をした。
「ケウィのうわさを集めてきましたよ。」
「!」
「おおむねは報道されているとおり、この国でのケウィの人気は絶大です。老若男女誰に聞いても品行方正で容姿端麗、文武両道のパーフェクト王子と返ってきますね。」
「いちゃいちゃしていただけじゃねぇんだな。」
「当たり前でしょう、ミョネは優秀なんですよ。デートの時間すらも有効活用するあの賢さ! ミョネこそパーフェクトですよね。」
「で、そのミョネはどうしているんだ?」
「それが、帰ってきてからずっと部屋で塞ぎこんでいるんですよ。」
「ふん? ひょっとして、ケウィの来訪の日取りでも聞いたんじゃないのか。」
「ああ、そうですね。三日後、ケウィを招いて大々的なパレードと歓迎会が開かれるそうです。それを聞いた辺りから急にテンションが下がって……」
「無理もねぇ。」
あれは意外に情の深い女だ。ヤヲのために命を捨てる覚悟など、とっくにできているだろう。
それでも、この金の瞳が愛する女を失った悲しみにぬれる瞬間を、そしていつかその痛みを忘れて他の女を映す瞬間を思えば、塞ぎこむのも当然。
「ヤヲ、ミョネは物質化された体だ。俺達と違って年を取ったりしねぇんだぞ。自分がじいさんになっても今と変わらないままの女を、ずっと愛し続けるなんてできるのか?」
「いつまでも若い奥さんなんて、最高じゃないですか?」
「お前は、いっそ清々しいほどに能天気だな。」
ちょっと肩液をすくめて見せてから、スライムはからりとした声で言った。
「ミョネには『悪いようにはしない』と伝えてくれ。」
「へ? 何の話ですか。」
「いいから、言えば解るよ。さて、どうしてやるかなぁ……」
こぽりと脳液が音を立てる。
「うむむ……ったく、面倒くせぇな。」
それでもこぽこぽとあわ立つ脳液に、ユリは全幅の信頼を持って微笑む。
「大丈夫。(大丈夫だよ、お兄ちゃん♪)」
「ユリ様は、何の話か解ったのですか?」
「知る、無い。スラスラ、大丈夫。(ん~、知らないけど、スラスラが大丈夫って言ったら、大丈夫なんだよ?)」
「ええ、そうですね。」
ぶよぶよと形を変えながら思案するその姿を、二人は頼もしく見つめていた。




