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「ったく、冗談じゃねぇ。」
スライムの怒りに、寝巻きに着替えた幼い主が腹の上で首をかしげる。
「また来るんだろうな、あのガキは。」
ニェケが思ったよりあっさりと引き下がったのは、去り際に残した「また来ますよ」の一言がウソではないからだろう。
「やきもち?」
真上から真っ直ぐに注がれる銀色の視線に、スライムがぱっと赤く色づく。
「そんっ! なんじゃねぇよ。」
「スラスラ、見て。」
ユリは自らの手でかちゃりとチョーカーを解いた。弾力にちょこんと乗っていたシルエットが大きく伸び、ぶよりとスライムに沈み込む。
「ばかっ! 大人の姿はやばいんだって!」
重量が増したせいで密着度は高まる。腕液の中にすんなりとした腰の曲線がぴったりと納まった。
「ユリ、さっさとチョーカーを付けろ。」
差し出されたそれを、細い指がはねのける。
「スラスラ。」
へそすらも隠せないほどに小さくなった寝巻きの前が解かれる。
「やめろ、ユリ……」
スライムが切ないほどにかすれた声で形ばかりの拒絶を呟いた。
精一杯に主張する小さな胸の谷間が寝巻きの隙間からこぼれている。
「馬鹿が! だからやばいって言ったんだ!」
気が付けば、ユリを引き倒して自分はその上にのしかかっていた。
「本当に気づいていないのか、ユリ? 俺だって男なんだぞ。」
「来て。」
短い許しの言葉に、外皮に詰まった全ての液体が一気に湧き立つ。しどけなく床に広がった銀髪が押し込めていたオスを暴いていくようだ。
「ユリ、好きなんだ。本当に好きだから、俺はお前を失いたくは無い。」
そうは言っても、理性はすでに限界が近い。僅かに上がった体温のせいで口腔液が乾く。
(こんな都合のいい展開があるわけない! これは夢だ。俺の願望が見せるただの夢なんだ!)
心で言い訳を繰り返しながらも、小さく尖らせた口唇液を赤く誘うユリの唇に……
「……って! 本当に夢かよ!」
暗がりの中、目を開けたスライムは自分の上ですやすやと眠るユリ【子供型】の姿を見てうめき声を上げた。
(そういえば最近は、『あの夢』を見ないな。)
親族を売ってまで己の命を得た罪悪感の象徴、死者に責められる悪夢……
(ユリ、お前はどうだ? 夜はまだ怖いか?)
銀髪を揺らす寝息が静かに響いている。少し鼻先液を近づければ、夢の余韻のように髪が香る。
体液を沸かす熱さは未だ体の芯に残っていた。幸せそうな寝顔に無体を働くつもりは起きないが、本能の牙は腕の中にある女の香りに惹かれてむき出しになったままだ。
ユリを寝台に移そうと小さな体を持ち上げる。そうっと動いたつもりだったが、聡い彼女は小さな銀の瞳を不安に曇らせながら開ける。
「スラスラ?」
「ちょっと便所に行くだけだ。」
「ユリ、行く。」
「俺だって限界が……うう、しゃあねぇ。先に行けよ。」
ぽんと床に飛び降りたユリは、窓の外の風景に目を奪われて息を呑んだ。
「海、光!」
「んん?」
隣に並んだスライムは海面に浮いた青白い光の美しさに、やはり息を呑む。いくつか走るイカ釣り船の白い光との見事なコントラストは、夜空が海に沈んだように幻想的だ。
「貝虫だな。」
「ほたる、虫。」
「この蛍は虫じゃねぇよ。ちっこい貝に似た生き物が浮かんで光っているんだ。」
「綺麗。」
額液を撫でる潮風が不埒な熱を心地よく冷ます。
風に遊ぶ髪の一筋を無意識に視界の端で眺めながら、スライムは自分を満たす体液が黒く濁るような気分を感じていた。
(……いつまでも夜を恐れていればいい)
そうすれば、ユリの眠りの時間だけは俺のものだ……
銀髪が大きく揺れ、不意にユリが振り向く。かちりと眼球液と重なった幼い視線は、甘くスライムをかき乱す。
(世間から後ろ指を指されても構わねぇ。この『オンナ』が欲しい。)
その存在のひとかけらだって他の男に触れさせたくは無い。
「ユリ、俺が嫌いじゃないなら……目を閉じてくれ。」
無防備に瞳を閉じたその幼い姿さえ、今のスライムには些少なことだった。真実を捧げようと、スライムがユリの唇に体を伸ばす。
「そのままで聞いてくれ。俺は、お前のことを……」
激しくあわ立つ心臓液の音に逆らえず、小さな肩に腕液をまわして引き寄せる。
差し出された桃色の果実を食もうとしたまさにその時、小さなノックの音が部屋に響いた。




