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 ユリとスライムの関係をいぶかしんだその少年は、わざわざ宿までついて来て宿帳を確認した。

「な、怪しいところはねぇだろ?」

 もちろん、ソスターセ家の名前は伏せてある。宿帳など好きなだけ見ればいい。

「部屋替えをしていますね、それも急に。宿のスタッフ達が嘆いていましたよ。」

「ああ? うう……こっちは客だ。それに見合うだけの手間賃は払ってやったはずだぞ!」

「部屋を確かめても?」

「ぐううう、仕方ねぇな。」

 渋るスライムの後から豪華な続き部屋に足を踏み入れたニェケは、窓際にデンと幅を取った水槽に目を留めた。だらしなく足を広げてくつろいだタコが、小さな目をぎょろりと向ける。

「おい、タコがどうかしたのか?」

「いえ、知り合いによく似ていたものですから……」

「へえ、タコに似てる? そいつぁ、お気の毒だな。」

「そうですね。」

 それきりタコの方などは見向きもせず、くるりと部屋を見回す。

「スイートルームとは、豪勢ですね。新婚さんですか?」

「いや、只の主とその従者だ。」

「おかしな話ですね。いくら主従とはいえ、夫婦でもない男女が同室ですか。」

「マセガキが! 子供がそういう邪推をするんじゃない!」

 そのやり取りに、ユリがぽっと頬を僅かに染めた。

「スイート、甘い。新婚用。」

「スウィートじゃねぇぞ。エスユーアイティーイー、スイート! 一式とか、一組の、って意味だ。一生に一度の思い出作りのために新婚のやつらが泊まるから誤解されているがな、寝室だけじゃなくてリビング、時には応接間などがついている構造はセキュリティー的にも……」

「長い。」

「好きで解説している訳じゃねぇよ。俺がいつもどんな気持ちで、お前に知識を伝えようとしているか……わかるか?」

「『ググれカス』?」

「お前! どこでそんな下品な言葉を?」

電脳魔物グレムリン。」

「どうしてそういう余計なことばかり覚えるかなぁ、お前はっ!」

 首をすくめる可憐な女人を庇おうと、少年が割って入る。

「従者が主に意見するなど不調法極まりない。少しは身の程をわきまえるべきです。」

 とげとげしい言葉の中に幼い嫉妬を感じる。スライムは誰にも気づかれないよう、外皮の下で泣き出しそうに顔面液をゆがめた。

(俺だって、誰に憚ることも無く『俺の女』だって言いてぇよ。)

 それでも、きつと口唇液を引き結んだ彼は、ちゃらっとチョーカーを取り出して手早くユリの首もとに巻きつけた。しゅわっと海泡にも似た音を立ててその魔力が四散する。

 背丈も半分ほどに縮み、手足も寸詰まった愛くるしい女児の姿に、少年は驚きを隠そうともしなかった。

「これは!」

「見てのとおりだ。俺も真っ当なオトナなんでな、さすがにこれに手を出す気にはなんねぇよ。」

 ついさっきまで白い裾を翻して、カモシカのような脚を引き立てていたワンピースが、今は情けなく引きずられている。

「心配しねぇでも、ユリはちょっと厄介な不眠を患っていてな、俺はその主治医ってところだ。治療に必要なことしかしねぇし、するつもりもねぇ。」

……やべぇ、涙液がこぼれちまいそうだ。

 自分とユリの関係をいぶかしむものが現れるたび、これからも何度この言葉を繰り返すのだろう。

 揺れそうになる声を必死でこらえて、スライムはワザとの様に明るく振り向いた。

「お前も目が覚めただろ? 大人のオネエサンに憧れるなんて、ガキにはよくある話だ。俺も昔はそうだったしな。」

 しかし少年はしれっとした顔でユリの手をとった。

「むしろ、こちらのお姿の方が僕と釣り合いが取れていると思いませんか?」

「う、確かに……」

 幼い二人が寄り添う姿は、穢れを知らない初々しい恋人同士のようにも見える。

「どちらのお姿にしても、あなたはこのご婦人を恋人にするおつもりは無いのでしょう。ならば、僕が交際を申し込んでも異存はありませんね?」

 彼は銀髪の少女の前に恭しく膝をついた。

「結婚を前提としたお付き合いをご検討ください。ユリ=レヲ=ソスターセ?」

「お前っ、いつから!」

「たった今です。僕の仕事は外交ですよ。公式のお姿ぐらいは存じていますからね。」

「帰れっ! どんだけいいトコのボンか知らねぇが、あんな時間に繁華街をうろつくような不良にユリは渡せねぇ!」

「不良じゃありません。人を探していたんですよ。まあ……」

 少年は無為の眼差しをタコに向ける。

「ご無事は確認できたので、もういいんですけどね。」

 ぬちゃりとだらしないその生き物の眼光は意外に鋭く、何かを捕食しようと狙う獣のそれにも似ていた。


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