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部屋に持ち込まれた大きな水槽の中で、件のタコは心地よさそうにぷかぷかと浮かんでいる。そのすぐ前にテーブルを置いて、スライムとミョネは作戦会議の真っ最中だ。
ばさり、と机上に地図が広げられた。
「ご覧のとおり、この街で一番でかいのは外務省の庁舎だ。貴賓館も兼ねているのを考えれば、それでも小さいぐらいだがな。」
「ああ、陸の建物で考えれば、貴族の別荘だってもっとでかいね。」
「それに、この街を実質上執り仕切っているのも外務省だしな。」
その長である外務大臣の権限は強く、ケユの街中においては王よりも信頼を得ている。
「居るか居ないか解らない王様よりも、その外務大臣に顔を繋ぎたいところだね?」
「そうだ。それに、近々ケウィも招かれてこの街を訪れるらしい。そこで、だ……」
ぶよりと揺れる体表に渋面を刻んで、スライムは褐色の美女を見据えた。
「お前には、死んでもらおうと思う。ヤヲのためにも。」
「いつか言われると思っていたよ。」
「さすが、頭も名刀並みに切れるな。」
いささかも動じない彼女に、スライムは少しだけの笑顔を見せる。
「具体的な作戦は、だなあ……」
緊迫の声を破って、部屋のドアが勢いよく開いた。
「晩御飯、もらってきましたよ~。」
湯気の立つ皿を乗せた大きな盆を抱えて、ヤヲがへらりと微笑む。
「デザート、つき。」
その後ろには両手を張って盆を支えるユリがちょこんとついている。
「具体的な指示は後で出す。取りあえず、食おうぜ。」
険しい表情を弾力ある体に沈めて、スライムは地図をばさっとどける。何も知らないヤヲはこの上ないにこやかさで皿をテーブルに並べた。
「魚ばっかりじゃ飽きたって言ったら、豚のシヲッタ(辛くて黄色い煮込み料理)にしてくれましたよ。宿のおばさんも、気が利きますね。」
鼻腔液を皿に近づけたスライムは、そこに混じる微かな魚油の香りに苦笑する。
「猪魚だな。」
「ふぃっしゅ? ええっ、魚なんですか?」
「まあ、海で取れるからな。」
猪の上半身に魚の尾びれを持つ怪魚、ホグフィッシュ。大きくて重たい獣は人間の力では水揚げすら難しいが、ここは海の魔族すべてが獲物を持ち込む街だ。それゆえにこの怪魚も特産となっている。
「ここで肉って言えば、これなんだろうよ。」
「でも、はぁ……また魚ですか。」
「まあ、食ってみろよ。豚肉の味がするそうだぜ。」
先にさじをつけた二人の女性が、大きな声で同時に叫ぶ。
「うまい!」
「な。」
スライムに促されて一さじを含んだヤヲは、味覚を貫く衝撃に目を見開いた。皿に顔を突っ込んだスライムもご満悦の様子だ。
「俺も食うのは初めてだが、ここまでとはな。確かに濃厚な豚肉の味がする。それでいて脂身は肉ほどしつこくは無く、口の中で溶けるほどに柔らかい肉質も上等だ!」
ユリが掬い上げた一口を水槽に向ける。
「ユリ、何をする気だ?」
「タコ、食事。」
「それは人間用に作られたものだからな、やめたがいい。」
「食べる、なに?」
「多分、小魚でも与えてやればいいんだろう。飯が終わったら、散歩がてら市場でも覗いてみるか?」
「デート!」
椅子から立ち上がったユリを、スライムが窘める。
「そんなんじゃねぇよ。ただの買い物だ。ほら、ちゃんと座って食え。」
「デート?」
「そういうことでいいよ。だから座って食えって。」
「でーと♪」
椅子には座ったものの、短い足が喜びでぷらぷらとリズムを刻む。
薄く微笑みながらそれを見守るヤヲが、スライムの体をぽん、と叩いて囁いた。
「兄として忠告しておきますよ。ぜひとも節度を持ったおつきあいを、ね。」




