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 人工の浮島であるがゆえ、ビーチももちろん作り物だ。

 島の土台をわざとせり出して作られた浜は穏やかな波がゆれ、子供や初心者でも安心して遊泳ができる人気スポットでもある。そして同時に、有名なナンパスポットでも……

 オレンジ色のビキニからはじけそうな褐色の乳に、男たちは無謀な挑戦を続けていた。

「あの、宜しかったらお茶でも……」

 遠巻きに獲物の隙を窺う人垣から一歩進み出た勇者が、ミョネの断りの言葉にあっさりと斬り捨てられる。

「ごめんね、子守中だから。」

「ぐふっ!」

 すかさず、次の勇者が進み出る。

「じゃあ、お子さんもご一緒に!」

「ボクが子持ちに見えるのかい、失礼しちゃうね!」

「ぐは!」

 そんな攻防の真ん中に男たちの戦意さえも萎えるほどに美しい、金髪の男が割って入った。

「ミョネ、帰りましょう。」

「ヤヲ! うん、帰ろう。お腹すいちゃった。」

 当然のように腰を引き寄せる長い腕と、それを拒みもしない女の態度に、浜中の男は一瞬にして敗北を悟る。

「で、ユリ様は?」

「あれ? さっきまでここに……」


 紺色のワンピース水着から覗く細い手足が白くまぶしい。その細い腕で赤い、何か面妖な生き物を強く胸に抱きこんだ銀髪の少女が、いい年をした男たちに取り囲まれている。

 暑苦しい輪の中にあっても、その少女は涼しいほどの無表情だった。だが、もしあのスライムがこの場にいたら、その眉間が困惑で二ミリほど寄っていることに気づいただろうか。

「おじょうちゃん、お家の人は一緒じゃないのかな?」

 脂ぎった手が一本、細い体に向かって差し伸べられる。

 それをするりとかわしたユリは、背後に立つ別の男の腹にドスンと背中をぶつけてしまった。

「おいおい、触るんじゃないよ! 無垢にして崇高なるロリは、触れないからこそ美しい!」

「でも、精密絵画しゃしんぐらいはいいかなぁ? ね、一枚だけ。」

 男は念写装置カメラを取り出し、儚げなその体にファインダーを向ける。

「いや。」

「大丈夫、触ったりはしないよ~、ちょっとポーズをお願いしてもいいかな?」

 ふへ、ふへっと息を漏らしながら笑う不気味な男の背後から、高らかに響く救いの声音。

「汚ねぇ手でユリに触るなああああああ!」

 ヤヲの姿のまま、軽々と跳躍したスライムが男の脳天に踵を打ち込んだ。それはもう、すべての怒りをこめて!

 どう、と斃れるおろかな堕豚の姿に、男たちの輪が僅かに乱れる。

「いきなり、何をするんだい!」

「そうだ! 貴重にして犯さざるべき幼き女神に、手など触れるわけがなかろう! ただ、一枚だけ精密絵画しゃしんを……」

「ほう。で、その精密絵画しゃしんを何に使うつもりだ?」

「……う、それは……」

 スラスラは男たちを押しのけてユリを抱き上げた。

「貴ィ様アアア! 何の権限があってぼくらの天使タンに触れているんだ!」

「ああ? 俺はこいつの……そうだな、保護者だ! 文句がある奴ぁ前に出ろ!」

 ユリがほうっと肩の力を抜き、鼻先をその胸元に摺り寄せる。

「スラスラ……」

 誰の目にも明らかな安堵と信頼の表情を見てとった男たちは、その瞬間、自分の敗北を悟った。

 負け犬の遠吠えがあたりに響く。

「不可侵にして純粋なる妖精に手を触れるなど、羨ま……いや、けしからん!」

「貴様など、ロリの風上にも置けぬ!」

 スライムの一喝が男たちを退ける。

「当たり前だ。俺はロリじゃねええええ! 解ったら散れっ!」

おたおた、よろよろと走り去る豚どもに唾を吐いて、スライムは腕の中の少女を強く抱き寄せた。

「馬鹿! 一人でふらふらするからそういう目にあうんだ! ヤヲもミョネも真っ青になって探し回ってるぞ!」

「陳謝。」

「謝ったぐらいで許せるかあっ! 俺が……俺がどれだけ心配したか……」

強すぎるほどの腕の力に、少女が抱えていた赤い軟体動物が身をよじって暴れた。

「ん、何だこりゃ?」

ぶよりクニャリとだらし無く蠢く丸い頭部から直接生え出した、吸盤のついた触手。

「タコ。」

「ンな事は見りゃぁわかる。どうしてこんなもんを拾ったんだ。」

「怪我。」

 大きな魚にでも齧られたのであろうか、八本あるはずの腕は確かに七本しかない。

「まさかと思うが、こんなもののためにあんなヤローどもに掴まったのか?」

「怪我!」

「馬鹿か、そういう生き物はなあ、腕の一本や二本ちぎれても再生するように出来てンだよ。」

 ユリはぐにょぐにょずるずると柔らかく動くその生き物を覗き込み、ほうっとため息をついた。

「かわいい。」

「お前は本当に変わってンなあ。」

 スライムは諦めの吐息を返す。

「解ったよ、宿に連れて行こう。ただしここにいる間だけだぞ。海の生き物の飼育ってのは、新鮮な海水の確保が難しいんだ。」

「感謝!」

 ユリがスライムの首にタコのようにきゅうっと巻きつく。

 その胸元でうごめく軟体生物の小さな目が、ぎらりと光ったような気がした。


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