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四人だけで海上都市ケユに潜入してもう三日。スライムたちは『大いなる福音』について情報を集めようとしていた。しかし、結果は思わしくない。
そもそもがこのケユの町は他の国との国交を目的として作られた形式上の『首都』であり、王宮そのものでもある。大海にぽっかりと浮かべられた浮島は小さな街にも相当するほどに大きく、その上に3万人の市民たちが生活している。その大半は人間で、ケユの特産である潤沢な海産を他国と交易する商人が多い。
「魚の匂いがしますね。」
「たぶん、今日の夕飯も魚だろうな。」
潮風による侵食と補修を永久に繰り返す町並みは細かく、メインストリートでさえ小さくごちゃごちゃとした建物が並び建つ。その目抜きを、リゾート風の派手なシャツを身に着けたヤヲと、ヤヲの姿を借りたスライムが散策のような気軽さでぶらぶらと歩き回っていた。
この町のもうひとつの目玉は観光だ。
四方を海に囲まれているがゆえに海上遊戯が盛んで、それを目当てにこの国を訪れる者は人魔を問わず少なくない。原色のシャツに映える金髪には、先ほどから開放的な薄衣をまとった美女たちからリゾートラブのお誘いが引きもきらなかった。
「なあ、あのオネエサマ方にお願い……じゃねえや。聞き込みした方がいいんじゃねぇか?」
また一人、ぷるんとビキニを揺らす桃尻を名残惜しそうに振り返りながら、スラスラは傍らの相棒に声をかける。
「情報は地元の人に聞くものだと言ったのはあなたでしょう。あの人なんか、どう見ても旅行者じゃないですか。」
「うう、まあ、言った……かな?」
それでも頼みの綱である地元民すら、この町のどこかにあるという王の居城の所在を知らない。
「ひょっとして、こういう何の変哲も無いお家なんですかね?」
「ううん? 俺が聞いた情報によると、海の王ってのは偉大にして巨大って言われているらしい。ンなちっちゃい家に住めるのか?」
「もしかしたら、街中には住んでいないのかも知れませんよ。」
この巨大な浮島は、その広大な領地のほんの一片に過ぎない。
その王が真に治めるのは海。広大にして深遠なる水中の世界に生きる全ての魔族を統べ、ユリの父である魔王とも比肩といわれる大人物だ。
「『海の王』の二つ名どおり、水中に居城があると考えるのが普通なんじゃありませんか?」
「ここの町そのものが王宮だって話なんだがなぁ。」
また一つ、ぴゅいっと甲高く鳴る口笛がスライムの気を引いた。
「おい、あれ……」
小麦に焼けた肌に大胆に少ない布面積の水着……おまけに胸元の見事なボリューム!
スライムがごくりと生唾を飲み下した。
「いいねぇ……」
ちらりと一瞥だけをくれて、ヤヲがふふんと鼻を鳴らす。
「ミョネの勝ちですね。」
「くううっ、ヤヲのクセに! 男として負けた気分だ!」
「どうでもいいけど、とりあえず戻りましょう。二人が心配です。」
「あ? ミョネがついてるんだ。別に何の心配もねぇだろうよ。」
「馬鹿ですね。だから余計に心配なのです。今日は海水浴に出かけると言っていたでしょう?」
「ああ、なるほど。」
確かにミョネなら、水着姿もさぞかしセクシーだろう。
「そうか、ソッチの心配か。うん、解らなくはねぇな。」
「何をのんきに構えているんですか。ユリ様だって水着姿なんですよ。」
「はあ? そりゃあ、海に入るんだから水着だろうな。」
だが魔力を封じて子供の姿となったユリには、色気の欠片も無いだろう。そりゃあ、銀髪美少女がパシャパシャと波に戯れる姿は、愛くるしくはあるだろうが……
「まあ、どっちにしろ飯の時間だ。確かに一度帰ったほうがいいな。」
誘いの熱視線をくれる女に名残惜しそうに手を振って、スライムたちは浜へと向かった。




