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騒動がひとしきり終わった頃にユリ【子供型】を引き連れて、ひょろりと戻ってきた要領良しを、ぐったりとしたミョネが見上げる。
「『愛』で済んじゃうなんて、平和な連中だね。」
「ああ、全く平和だな。」
「あんたも、苦労するね。」
「ま、連中だって傭兵だ。明日のことはわからない。だからこそ目の前にある平和にはしゃいじまうんだろうよ。」
「……」
スライムの後ろからピンクの物体を満たした空き瓶が転がり出た。
「それが面白いのよね。」
「さて、ここからは作戦会議だ。お前はどうやら頭の方の切れ味もいいみたいだし、なにより、ケウィの情報も持っているからな。」
ふと言葉をとめたスライムは振り向き、少し離れたところで隊員たちから茶化され、デレているヤヲに目を向ける。
「……本当に、アレでいいのか?」
ユリも続ける。
「いいのか(ふつつかな兄なのですが)?」
「うっさいな! ああいうところもつっ! ツボなんだよ!」
「まあいいや。で、師匠?」
「ケウィは多分、『大いなる福音』を集めようとしているはずよ。」
「大いなる福音?」
「一つはこの世を焼き尽くす組呪を記したもの。もう一つはその呪を世界の隅々までいきわたらせるための計算式。もうひとつは、その炎から身を守るための反呪の法を記したものよ。」
ミョネが突拍子も無い声を上げる。
「見た! ツンノーンの地下から掘り出したって言う、掌ぐらいの石版? 錬金術で作られた、何者を持ってしても破壊できない不滅の宝だって言ってた。」
「一つはすでに手に入れてるって訳か。」
「パラケルススをあそこに封じた後、私はその三つが再び一つになることが無いように、三人の守護者に託したわ。一人は海の王、もう一人は魔の王、そして、ツンノーンにあったものは、ヒトの王に。」
「待てよ、あの町に守護者なんてものは居なかったぞ。」
「当たり前よ。その秘密を誰に遺すことも無く死んでしまったもの。」
「……まさか……」
「正統なる最も旧き血統、ツンニーク……」
「ウチのじいさんン?」
「そして、あなたよ。イカケ=ハ=ツンニークⅢ。」
「俺が、正統なる、最も旧き?」
「パラケルススが垂れ流した魔力に対抗するため、人間は急激な進化を遂げた。体内から全ての魔力を捨て、固定された姿も捨て去ることで魔力に汚された世界を生き残ることを選んだのよ。そういう意味で言うと、新『人類』って言うのはあなたたちのことをさすのね。」
「スラスラ、正統。」
「そうよ、魔力に体を歪められただけのあなたたち魔族とは違うのよ、お嬢ちゃん。」
少し剣呑な雰囲気に、スライムがプルプルと体を振る。
「いいから! 進めようぜ。ともかく後二つ、大いなる福音ってやつをケウィより先に奪っちまえばいいんだな?」
「手ぬるいわ。破壊しちゃいなさい。」
「!」
「パラケルススを砕いたとき、大いなる福音を破壊するための組呪を思いついたのよ。ぶっつけ本番になるけど、覚悟さえあるなら教えてあげるわ。」
ユリはヤヲを中心に盛り上がっているヤヲ隊の面々を見回した。人間も、魔族も、そして半魔半人も、誰もがじゃれあうように笑顔を浮かべている平和な光景を。
「やる。」
「ユリがその気なら、俺に異存はねぇ。」
「ボクも、やるよ。あんたたちだけじゃ心もとないからね。」
「そういうと思ったわ。」
インジはぴゅいっと甲高い音を立て、グレムリンを呼んだ。駆け寄ってきたその生き物が、瓦版をスライムに手渡す。
「どうせ旅身じゃ、ろくに読んでないんでしょ?」
そこには大見出しで『パーフェクト王子現る』の文字。その記事に鼻液を擦り付けるようにして、スライムが眼球液を走らせる。
……海上都市を表敬訪問した若きノーニウィヨ王族の人気ぶり。短期の訪問でありながら実に多くのファンを獲得し、長期の滞在を熱望されている旨が書かれている。
「魅力魔法か。だが少し異常なんじゃないか?」
「異常じゃないわ。ツンノーンの地下にあったのは、呪を増幅させる計算式だもの。」
「!」
「早く行かないと、国宝である『大いなる福音』すら、パーフェクト王子に差し出しかねないわよ。」
「ぐうっ! しかし、ユリは王族だ。下手に乗り込めば国交問題で……」
「世界が滅びちゃったら、国交もクソもなくなるけどね?」
「ああああ、解ったよ! 面倒臭ぇなあ……」
久しぶりのそのせりふに、ユリが小さく唇をあげた。
スライムの作戦は、少数での潜入。
「そういう仕事にトップ自らが出向くってのも、どうかと思うけどな。」
スライム、ユリ、ヤヲ、そしてミョネは飛行魔物を使って『海上都市ケユ』に向かう。そして、本隊は……
「いいか、俺たちが居ないことを気取らせるなよ。下手に代役を立てる必要は無い。もしものときはシラを切りとおせ。」
スライムは細かな指示を隊員たちに伝えている。
「旅の荷物は最小限に、と言ったでしょう。」
「うっさいなあ、女にはコレが最小限なの!」
ヤヲとミョネは旅の荷物をまとめていた。
一人、所在無いユリの足元に、飲料瓶が転がり寄る。
「残念だわ~、あんな可愛いスライムちゃんの血統が、こんなところで途絶えちゃうなんて。」
「途絶える、ない。」
「あら、じゃあスライムの愛人でも許す気?」
「ユリ、生む」
「あのねえ、『生まれることもある』とは言ったけど……」
「百人、二百人、生む。」
「それでも生まれないかもしれないのよ?」
ちょっと首をかしげたユリは、指を折って何かを数えた。
「一桁、増やす。」
「桁! そう来たか!」
瓶の中から笑い声が響く。
「もういいわ。スライムちゃんはあなたにあげる。大事にしてあげてね。」
「スラスラ、気持ち、知らない。」
「え? スライムちゃんの気持ちが解らない? ふ~ん。」
インジはこぽりと、ちょっと意地悪く揺れた。
「ダメ。教えてあげない。あなたの物語はあなたが作るものだものね。」
「教える。」
「だ~め。むしろ、今度取材させてちょうだい。」
「お~し~え~る~。」
ぱたぱたと駄々をこねるユリを、スライムがひょいと柔らかい体で掬い上げる。
「何やってんだよ、行くぞ。」
小さな体を少し強めに抱きしめて、自分の反応を確かめてみる。
(うん、大丈夫。ロリコンってわけじゃねぇ。)
ぴくりともそういう気持ちになれない自分に安堵しつつ、ふと徒に、さらりと触れる銀髪を一筋掬った。
(でも、大人のときはちょっとやばいな。)
一度自覚してしまったその気持ちを、スライムは少々持て余していた。
今こうして無邪気に擦り寄ってくれるのは、男として見られていないからだろう。自分のそばに居てくれる寝心地の良い寝台が、『オオカミ』だと知ったら……
「いいかユリ、俺と居るときは、できるだけ子供の姿で居ろ。いやむしろ、俺の前では絶対にそのチョーカーを外すんじゃねえぞ。」
女なんて他にいくらでも居るのに、どうしてだろう、代わりが利かない……
引き寄せた銀髪にこっそり口唇液を寄せて、スライムは切ないため息をついた。
こうして、スライムの旅は続く……
ども! 例によって二週間で次の話を書き上げてきます。
しばしお待ちを・・・
追記。。。ファンタジー辞典に予告、増設しておきました。
よろしければ読んでやってください。




