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しぱしぱしぱ!と、天井でダガーが小気味よく歌う。
切り崩された天井がいくつもの石塊となって、ヤヲとミョネに降り注いだ。
「ミョネ!」
鋭い叫び声が響き、褐色の体はどん!と突き飛ばされた。
「ヤヲ!」
悲鳴をかき消すように、砂煙と石のぶつかり合う音がヤヲを埋める。
「ヤヲおお!」
彼が立っていた辺りには、砂色のホコリを微かに上げる石くれの山が残っているだけだった。
「やだ! ヤヲ、ヤヲっ!」
石山に飛びついたミョネが、剣化させることすら忘れた生身の手で、石くれを掻き分ける。
その背後に音もなく影の中から銀髪の暗殺者が立ち上がった。
「あ~あ、カワイソ。」
石を掻き分ける爪がはがれとび、血が床に垂れる。
「姐さん、今のあんた、ちっともキレてないよ。そんな男一人に、みっともなく取り乱して。」
しゃりんとアサシンダガーが泣くように唄う。
「ミョネ! よけろっ!」
スライムの叫びすら届かず、ただひたすらに石山にすがるその脳天めがけて、白刃が襲い掛かる。
「姐さん、さようなら♪」
ガラガラと音を立てて石山の一角が崩れ、ぬうと突き出した巨人斬が凶刃を跳ね上げた。
「ミョネを傷つける事は、私が許しませんよ。」
石屑を掻き分けて立ち上がったその男は、褐色の体を掬うように抱き上げる。
「ヤヲ、怪我は?」
額から流れる血河を気遣う女に、金髪を揺らして男は微笑みかけた。
「ハーフエルフは丈夫なんですよ。この程度……」
……むしろ、彼女の手のほうが傷だらけだ。
「ああ、ミョネ、こんなになって……」
爪がはがれて血を流すその指先を、ヤヲは、はむっと口に含んだ。
「どうしてこんな可愛らしいことをするんですか。仕方のない女性ですね。」
「や、ヤヲ?」
「もう、可愛くて仕方ない。食べてしまいたいくらいです。」
しゃきっと刃を翻す音が、甘い言葉を切り裂く。
「だったら、その可愛い女と一緒に死んじゃってぇ♡」
リユの姿がずぶずぶと影に沈み始める。
だがヤヲは、そんなことは意にも介さずに、腕の中のミョネにうっとりとした視線を落とした。
「ミョネ、私と結婚してください!」
「は?」
緊迫した空気をぶち壊すその一言に、部屋中がぽかんと立ち尽くす。
スライムも、ユリも、影に上体を沈めそこなったリユも、碧玉の老人までもが……ただ、フラスコの中の大先生だけが叫んだ。
「馬鹿ね! そういうのを死亡フラグって言うのよ!」
「知っています。ユリ様の絵草子で勉強しましたから。」
われに返ったリユがずぶん、と影に沈む。
「へえ? じゃあ、どうやって回避するのぉ?」
「回避なんかしませんよ。」
「じゃあ、死んじゃうんだぁ?」
「ミョネ、返事は後で聞かせてくださいね?」
小さなキスを頬に贈って、とん、とその体を突き放したヤヲはフルンティングを低く構えた。
「死にませんよ。フラグだろうが影だろうが、叩き斬るのみっ!」
影の中を気配だけが走る。隅にわだかったぬるい闇の中を、天井のくぼみに沈む黒の中を縦横無尽に動き回る。
ミョネを引き寄せながら、スライムは気安い声でヤヲにはっぱをかけた。
「部屋ごとぶった切るなよ!」
「解ってますよ。」
すうううと巨人斬の切っ先があがる。ゆっくり、ゆっくりと眠りから抜け出すように……
「隙だらけだね!」
影がすうっと形を変え、ヤヲの足元に迫る。
咆哮にも似た豪振が地に響き、振りぬく軌跡さえ見せぬ光速の刃が影を裂いた。
「うぐうううう!」
不穏なうめき声を上げて影がのた打ち回り、縮み、再び伸び上がって……完全に沈黙する。
「いいぞ、ヤヲ! そのままじいさんもぶった切れ!」
踊るように身を翻したヤヲの動きに合わせて、剣身が一閃の光を描く。
ガ……イイイイイイン!
緑玉の表面にぶち当たった刃が、苦しそうに鳴音を響かせた。




