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(『電流に撃たれたような』っていうけど、ありゃあ、ウソだな。)
髪を引かれる感触に振り向いたユリと目が合った瞬間、脳液の奥からじんわりと染み出してくるような優しい気持ちが、全身に広がる。
体を引き、ふいと目をそらしたスライムは、壁にうずまった魔鉱石たちに心のなかで打ち明けた。
(解るよ。確かに、大事な者のためなら命だって惜しくはねぇ。だがな、情けねぇことに、俺じゃこいつを守ってやれねぇんだ。)
顔を背けたまま、スライムは言う。
「ユリ、お前はそのじいさんのところへ行け。」
いつもより少しそっけない声に、ユリの眉尻が小さく震える。
「スラスラ?」
「んああああ?」
甘くなりかける声をごまかそうと、冷たいくらいの声が出た。
「ずっと一緒、約束。」
「ああ? ンなモン、反故だ。お前やヤヲは新人類ってやつなんだから、そのじいさんについていけば滅ぼされるってコトはねぇんだろうよ。」
「スラスラ!」
それは強情な声音だった。ぴりぴりと辺りを震わせるほどに。
「命令。ずっと、一緒。」
「解ってんのか? あのじいさんは半魔半人の世界を作りたがっているんだ。なのに俺みたいな底辺魔族と一緒に居ようってのは、一緒に滅ぼされることを選ぶって事だぞ!」
「ユリ、主。」
彼女がスライムに向かってそんな言い方をするのは珍しい……いや、皆無だったのではなかろうか。
「……つまり、俺に逆らう権利はねぇんだな。」
「無い!」
スライムは表情乏しい彼女が、きゅっと強く唇を引き結んでいることに気が付いていた。眦がかすかに湿っていることにも……
「不っ細工な顔だなぁ。」
腕液を伸ばしてユリを抱き寄せたスライムは、その耳元だけに囁く。
「そんな顔、俺以外の奴に見せンじゃねぇぞ。これからも、な。」
「これから、も?」
「守ってやることもできねぇ最弱のクセに、お前から離れられない俺を許してくれ。」
「いい。ユリ、スラスラ、守る。」
抱き合う若い二人に、いつものごとくヤヲのツッコミが入る。
「だから、状況を考えていちゃついてください! バカップルっ!」
「ばっ! カップルじゃねぇよっ!」
表情すらないその生き物は、そういいながらも、ユリから離れようとはしなかった。
「じいさん、お聞きのとおりだ。ユリは未来じゃなく、現在を選んでくれた!」
「そっちの金髪の彼はどうかね?」
「私は、ユリ様の『お兄ちゃん』ですからね。可愛い妹のわがままに付き合ってあげるのが、仕事なんですよ。」
「馬鹿ばっかりだね。」
鼻先で笑う彼の前に、フラスコがごろりと転げ出る。
「その馬鹿が未来になるのよ。」
「何をしようというのかネ。」
「私が数千年かけて溜め込んだこの魔力を使って、あなたを破壊する!」
ピュイっと甲高い口笛に呼ばれて、電脳魔物たちが(`△´)|┘と、駆け込んできた。
「師匠?」
「スライムちゃん、大体の流れは解ったわね。あの銀髪の男を止めるのがあなたの仕事。このじじいを止めるのが私の仕事よ。」
「やめろ、師匠っ!」
飛びつこうとする弟子を突き飛ばして、グレムリンたちがフラスコを担ぎ上げる。
「……馬鹿ばっかりの『現在』が、私は好きよ。」
グレムリンたちがo(゜▽゜\)と、走り出した。




