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「彼は本当に優秀だったね。わしの理想を正しく聞き、自分が何をすべきか良く理解しているのさ。」細い腕をパタパタと振り回し、ユリが抗議の声を上げた。
「ケウィ、悪い。世界、滅ぼす。」
「滅ぼすんじゃなくてね、作り変えるのさ。愚鈍な魔族と、脆弱な人間は滅び、世界は新しい人類で満たされる。」
「滅びる、仕方ない。滅ぼす、良くない!」
「子供じゃあるまいし、もっと真っ当に話せないのかネ?」
「ちょっと待てよ、じいさん。」
蔑みの瞳から守ろうとするように、スライムがずるりと前に出る。
「『生まれる子供は、より魔力の強い親の形質を受け継ぐ』。その原則がある限り、確かに滅びる種族はあるだろうよ。現に、俺たち魔力無しは希少種になりつつある。逆に魔力の強い半魔半人は数を増やしつつあるけどな。あと何十世代か待てば半魔半人が世界に溢れるようになる、それは仕方ねぇ話だ。だからって、俺はお前に殺されてやるつもりはねえぞ。」
「ふん、絶滅危惧種が。わしの予定では後数千年は早く、理想は成るはずだったのさネ。そこのフラスコ小人や、ここに居る魔鉱石どもが邪魔をしなければな!」
「この人たちは……?」
壁一面に埋め込まれた死人たちは、エメラルド・タブレットに魔力を送るために供された贄かと思っていたが……スライムたちは部屋の壁をぐるりと見回した。物言わぬ『鉱石』たちはただ静かに光を放っている。
「わしを破壊するための布陣となった者たちさ。勇敢ではあったが……馬鹿だね。コレだけの命をささげながら、結局はわしをここに閉じ込めることしか出来なかった。」
腰抜けなスライムにさえ、彼らの気持ちは痛いほどに解った。おそらく、彼らの誰もが今際に思ったはずであろう、唯一つの思いを……
「……大事なものを守るため……か。」
スライムは傍らに立つユリを見上げる。大人姿のユリは間違いなく美しい。
(『大事な主』……いや……俺の、大事な……)
彼はそこに続く言葉に、はっきりと気づいてしまった。『主』だの『忠心』だの、逃げ道を作ってまで彼女の傍らにこだわっていたその理由を……
無駄な抵抗だとはわかっていても、自らに言い訳をしてみる。
(うっそだろ……おれはロリコンじゃねぇぞ。)
だが、今、目の前にあるのがユリの本当の姿だということを、彼は知っている。少々頼りない胸をさっぴいても、なお余りあるほどに魅力的な乙女だということを……
心臓液がきゅんと飛び上がる。
(何を考えてるんだ俺は! こんな状況なのに……)
震える心のままに、スライムは静かに体を伸ばしてユリの銀髪に触れた。




