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 開かれた扉の向こうから魔力が強く香る。胸が焼けるほどに甘い、濃厚な魔力臭が……

 ごろりと転がるフラスコに導かれて扉をくぐったスライムたちは、その強すぎる魔力に鼻を覆った。

「魔力の強い魔族おとこたちを、百人ほど放り込んだサウナの中に居るみたいですね。」

「そりゃ、どんな拷問だよ。」

 笑顔で部屋の中を見回した男たちは次の瞬間、あっと声を上げて二人がかりでユリの両目を塞ぐ。

「だめよ。ちゃんと見せなさい。」

 厳しい声に開放された銀の瞳が、その部屋の狂気を映しておびえた。

 がらんと広い部屋の壁には、魔力を帯びてぼんやりと光る何かが貼り付けられている。

「うおえっ。」

 不快感にスライムがえづいた。

 壁を埋め尽くして並べられた発光体。青白く部屋を照らしているものは、無数の死体だ。人間、魔族、大きいものも小さいものも、中には腹を開かれ、標本のように内臓をさらしているものもある。

 しかし、もっとも驚くべきはそのどれもが一つの腐敗すらなく、まだ生きているようなみずみずしさを保っているということだろう。

 同じものを先日、あの『廟』でみたヤヲにはすぐ解った。

「『魔鉱石』……ですか。」

 それは高濃度の魔力を流し込み、物質をまったく別の性質へと変換させる錬金術の極み。

 永久不変の鉱石に変えられたそれらが放つ魔力が集まる部屋の中央には、高い天井まで届くほどの翠玉の岩板が聳え立っていた。

「……エメラルド・タブレット……ウソだろ。御伽噺のアイテムじゃねぇのかよ……」

 つるりと磨き上げられた鮮やかな碧色の表面には、文字とも記号ともつかない模様がびっしりと刻み込まれている。物語に語られるところを信じるとすれば、そこに記されているのは錬金術の基本思想と、この世の錬金術と呼ばれるもの全ての奥義……伝説のアイテム、エメラルド・タブレット。

 そのまがまがしい宝玉に刻まれた文字が微かに震えて見えた。

 臆して揺れるユリの指先を、ずるりと姿を戻したスライムの掌液が包み込む。

 フラスコの中からの声も、緊張で震えていた。

「来るわよ。」

 大きく震える文様が形を変え、するり、するりと岩板の表面に走る。一箇所に集まったそれが成長する木の芽のようにゆっくりと盛り上がり、年老いた男の顔を形作った。

 次いで長く伸ばした白髪が、そして胸板と両腕が……岩板に賢者然としたじじいの上半身が生える。 思慮深げな皴に埋もれた瞳が静かに開く。

「テオフラストゥス=フィリップス=アウレオールス=ボンバストゥス=フォン=ホーエンハイム……偉大にして狂気の錬金術師パラケルスス……彼が『エメラルド・タブレット』よ。」

 エメラルド色の瞳に生気と呼べるものはおよそ無い。宝玉そのものの無機質なその輝きが、ユリの姿をとらえた。


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