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地下の最深部は、長いトンネルだった。たいまつの明かりをかざすが、深い闇はその明かりさえも飲み込むように黒々とした闇を横たえ、この穴倉がどこまで続くかさえ読ませてはくれない。
道案内のように敷かれた二本の鉄の間を歩きながら、ヤヲがユリを抱えたスライムに尋ねた。
「古代人たちは、ここで何をしていたんでしょうね?」
「コレは鉄道ってやつだ。古代人は国中にこの穴を掘って、この二本のレールの上に『デンシャ』という乗り物を走らせていたらしい。」
「よく知っていますね。」
「ここでよくグレムリンどもとかくれんぼしていたからな。だが、奥まで行った事はねぇ。」
ヤヲの顔をしている彼は、実に表情が読みやすい。たいまつの明かりでも解るほどに青ざめた唇が、恐怖にきゅっと引き結ばれている。
「ここにはな、出るんだよ。」
「出る? 死霊魔物ですか?」
「ンな可愛いもんじゃねえよ。『虫』だ。」
その単語に、フラスコを担いでいるグレムリンたちの表情が- ((((;゜Д゜)))になった。
「虫が怖いなんて、女の子みたいですね。」
「他の虫なら平気だが、あいつだけは別だろうよ。黒くて、平たくて、あの馬鹿長い触角とか……」
「私が退治してあげますよ? 虫の一匹や二匹。」
「一匹や二匹じゃねぇから怖えンだよ。」
「ああ、『一匹見たら百匹はいると思え』って言いますからね。」
「まあ、虫には会わないことを祈るしかねぇ。それより、師匠! どこまで行くんだよ。」
フラスコの中身がこぽりと答えた。
「……ここの遺跡については教えたわよね? 超古代人がなぜ滅びたか。」
「ちっ、いまさらオベンキョウかよ。」
「いいから! 最速で答えるっ!」
「エネルギーの枯渇っていうやつだ。ここにあるものは全部『デンキ』という雷属性のエネルギーで動いていた。だがそのエネルギーを使い果たし、超古代人は滅びた。」
「さっすが私のスライムちゃん。ちゃんと覚えているのね。でも、一つだけ間違っているのよ。」
「はあ? どこが! 古代語以外なら自信がある。あんた、俺にそう教えたぞ。」
「だ・か・ら、あんたに教えたのは真実じゃないのよ。」
「なんでウソなんか教えてるんだよ。あんた、仮にも俺の師匠だろう。」
「あの頃のあんたは『大事なもの』を持っていなかったからよ。」
ごぽり、ごぽりとピンクの液体が揺れる。
「私は『生まれながらにして全てを知るもの』。真実を求めるものにその扉を開く宿命の者よ。この先に、錬金術と、この世界の真実が隠されている。」
グレムリンたちが歩みを止めた。インジがくるりとフラスコの中で振り向く。
「真実を知る『義務』は無いわ。でも、真実を知る『権利』はある。どうするかはあんたたちしだい。さ、どうするの?」
スライムは立ち止まり、腕の中で不安げに見上げる銀色の瞳を見下ろした。
「魔王は、お前に『世界』を見せろと言っていた。だがな、俺はお前の寝台だ。正直、魔王サマの言うことなんか聞いてやる義理もねぇ。俺が聞くのは、お前の言葉だけだ。」
「行く。」
「だったら、ついて行ってやるよ。俺には一緒にいてやることしかできねぇから、お前が望むならどこへでもついて行く。そう決めたんだ。」
ユリの瞳から不安の色が消える。
「スラスラ、一緒。」
「ああ。どこまでも、一緒だ。」
自分をまっすぐに見上げるその瞳の強さに、スライムは想い惑う。
(もしかして……チュウか? チュウのタイミングってやつか?)
桃色の小さな唇に心が引き寄せられるようだ。
(いやいやいや、流れ的に? 誓って流れ的にだから……)
全神経を集中して「ん~」と差し出した唇をさえぎるように、ヤヲが大声を上げる。
「スラスラ! 何かがそこに!」
コンクリートの亀裂の間からちょろりと覗く細い触角が、ひくひくと揺れていた。




