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 翌朝、地下への入り口に並んだ『二人のヤヲ』に、インジ大先生はフラスコが割れるほどの大声を上げた。

「良いっ!」

 ユリを押しのけて、大きなフラスコが二人の男の間をごろごろと転がる。

「古い因習にとらわれて引き裂かれた双子……光の下で白王子としてまっすぐに育った弟と、闇に落とされ、野心と憎しみにとらわれた『黒王子』……戦いの中で再開した二人は憎みあいながらも運命に心惹かれて……」

「ちょっと待て! BL臭がぷんぷんするんだけど?」

 黒王子ことスライムが不服の声を上げる。

「えええ、気に入らないのぉ? じゃあ、魔女の呪いによって光と闇、二面に引き裂かれた二人が、一人に戻ろうとイロイロと求め合って……」

「さっきよりハードになってるじゃねぇかっ!」

 白王子ことヤヲが、ほわんと二人の間に入った。

「まあまあ、そんなことはどうでもいいから、早く行きましょう。」

 緊張感も、空気読んだ感もないその声音。

「ねえ、パッケージはめちゃくちゃいいのに、なんか残念な雰囲気がするんだけど?」

「な、萌えねえだろ?」

 おそらく顔であろう辺りを寄せてひそっと囁きあう半液体生物たちの姿に、ユリが小さく眉間にしわを作る。フラスコの中でピンク色の生物が、ごぽりと意地悪く笑ったような気がした。


 数匹のグレムリンに担がれたフラスコはご機嫌だ。コンクリートで固められたトンネルの壁に、彼女の明るい声が反響する。

「ここは錬金術ロストテクノロジーよりもさらに古い時代に作られた遺跡でね、地下鉄メトロって言うのよ。おっと、保存状態が悪いから気をつけて。」

 ヤヲと、ヤヲの姿をしたスライムはたいまつを掲げて付いてゆく。ピンク色のウィプスを従えたユリは、そんな二人の間で浮かない顔だ。

「怖いのか?」

 気遣いの言葉に首を横に振るが、いつもよりほんの少し強張った唇に、スライムは気づいていた。

「疲れたなら、抱いてやるぞ?」

 首がさらに大きく振れる。

「おんぶがいいのか?」

 ぶんぶんと千切れそうなほどゆれる銀髪に、スライムは優しい声を落とした。

「ユリ、教えなかったか? 『伝わらないときは声に出して言え』。」

「言う、いい?」

 抱っこを求めて両手を伸ばす小さな少女を抱き上げたスライムは、優しく笑う。

「なんだよ、内緒の話なのか?」

 その耳元で、ユリが消えそうに小さな声で囁いた。

「……先生、スラスラ、好き?」

「あ? ああ、まあ、口説かれたことは何度かあるけどな。」

「……恋人?」

「まさか! 相手は何千年生きてるか解からねぇ化け物だぜ。さすがの俺も守備範囲外だ。」

 スライムは、まだ少し強張っている小さな頬をぶにゅっとつまむ。

「それに口説かれたのも、別に本気ってわけじゃない。アイツにはちゃんと好きな男が居たからな。」

 ふわっとやわらかく緩んだ頬の感触に安堵して、スライムは手を離す。

「それにしても、急にどうしたんだよ。独占欲ってやつか?」

 ユリが小さな狼狽に両手をうろうろと振り回す。

「ヤヲに彼女が出来たのが、そんなに寂しいのか。でもな、たとえ彼女が出来ようが、嫁をもらおうが、あいつは『脳内お兄ちゃん』を辞めるつもりは無いだろうよ。」

「ちが……う。」

「それに、俺はずっとお前の寝台だ。絶対にお前から離れたりはしない。」

「スラスラ。」

「ん?」

 ユリが短い両腕を精一杯に伸ばして、スライムにしっかりとしがみついた。

「イニツ=ニー=ソハヤ=ハフヒイェノ(私だけのものになって)。」

「ああ? 古代語ぉ? 待ってろ、師匠に訳してもらうから。」

「ダメ。訳、絶対、ダメ。」

「何か大事なことを言ったんじゃないのか?」

「大事、ユリだけ。」

「ふうん?」

 それっきり、ユリは口を閉ざす。スライムは腕の中の温もりをしっかりと抱えて、こっそりと銀髪の隅に唇を寄せた。


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