『チュートリアル』と書いてプロローグ
「スライム」って聞くと、どんな姿を思い浮かべる?
まさか、とんがり頭に大きな目と口。スタンダードは青、なんて、ファンシーな姿じゃないよね?
じゃあ、オーソドックスに、半液体の、どろどろした生き物?
確かに、この世界でも、水棲のやつらはそんな形をしている。でも、やつらは原始的で、知性も無く、ぐにゃぐにゃと水の中を漂うだけの『動物』だ。
俺たち、陸生のスライムはやつらとは、ちょっと違う。
あ、言い忘れていたけど、俺、スライム。よろしくな。
この世界には二通りの生き物がいる。
……『魔』を持つものと持たないもの。
魔を持たない生き物でも、知性の無いものを『動物』と呼ぶように、魔を持ち、知性を持たないものは『魔物』と呼ばれる。
陸生のスライムは知性を持つから『魔族』。ホントぎりぎり魔族なんだってば!
魔を持つものと持たないものが混在するのが、俺のいる世界。
え、魔族が人間を襲う? とんでもない!
知性の無い『魔物』ならいざ知らず、魔族と人間は同じ言葉を喋り、同じ生活圏で暮らしているんだ。
まあ、国によって魔族が上位だったり、人間が権力を持っていたりってのはあるけれど、おおむねは友好的な関係だと思って間違いないね。
むしろ、『国』同士の争いのほうが深刻だったりするのさ。
それでも大陸の端に位置する、このノーニウィヨ国ほど魔族と人間の共存が上手くいっている国はないんじゃないかな。
さして大きくも無い国なのに他国から攻め入られることが無いのは、この国の『魔』の王が、誰よりも強大な力を持つ本物の『魔王』だからだ。
『人』の王も、それをよく心得ている。だからこそ、この国は古くから魔族との共存に積極的なんだ。
さてと、ここがどんな世界か、解ってもらえたかな?
そんな平和な国でのんびり暮らす俺は、ごくありきたりのスライムだ。
ごくありきたりってどんなものかって? そうだなぁ……薄く陽を透かす半透明の皮に、たっぷりと体液が詰まった生き物……それがスライムだ。
この体液、表から見るとただ、たぷたぷとした液体にしか見えない。だが、他の生物が心臓や胃袋を持っているように、この液体はそれぞれに機能を持つ心臓液、胃袋液、肺液や……その他もろもろの内臓液が混ざり合ったものなんだ。
だから、スライムは体が傷つくとすごく弱る。内臓を直接垂れ流しているんだから、当たり前だよな。流れ出たのが心臓液だったりしたら、あっけなく死ぬね。
そんな大事な体液を守るために、外皮は特殊な進化を遂げた。
まず、伸縮自在、変幻自在。個体差はあるが、色だって変化する。おまけに堅牢強固、手触り抜群……手触りは関係ないか。
この外皮には『トレース』と言う特殊な力があって、他の生物の姿を超特殊な方法で取り込んで、筋肉骨格にいたるまで正確に再現することができる。
ずるずるとした体には不便も多い。だからスライムってやつは、その能力を使って他の生き物にまぎれて暮らしているものなんだ。普通はね。
俺はちょっと変わり者なんだろう。生まれてこの方、『トレース』をしたことがない。 だってさあ、『おえっ』てなりそうだし、外皮が裂ける危険もあるし……それに、めんどくさい。
『チキン』と書いて、スライムと読む……って言われるスライムの中でも、最チキンなのはきっと俺だ。
チキン上等! めんどくさいこと大嫌い! 俺のコマンドボックスには『逃げる』の文字しかないんだぜ!
そんな俺だから、ひっそりこっそり暮らしていたいんだ。
冒険? 無理、無理っ!
そんなものあってたまるかっ!。