第三話 「先発投手 九城 蓮」
武神にあった次の日の昼休み、和歌神 夏真は武神と一緒に校内を歩き回っていた。やることは部員探しと顧問探しだ。
「なかなか見つからないッスね。」
「まあ、2年間ずっと探してても見つからなかったわけだからね。」
収穫はまったくなく、昼休みの時間は色々な先生や生徒に話し掛けて回るだけで終わってしまった。
「武神先輩、放課後は探すだけ無駄じゃないッスか?部活にいくか、そのまま即行で帰る人しか居ないでしょ?」
「まあ、それもそうだね。それじゃあ、河原にでも行って軽い練習でもするとしようか。」
そういって、校門をくぐって近くの河原へ行くことにした。歩くこと十数分、すぐに河原にはたどり着いた。
「時に和歌神くん、君のポジションはどこだい?」
「俺ッスか?一応ファースト(一塁手)してますよ。結構捕球力には自信があるんで。」
「そうかい、?じゃあ、その捕球力を少し試させてもらうね。」
そういって、武神は夏真から数十メートルはなれた。距離は大体ライト(右翼手)からファーストくらいの距離だ。
「僕のポジションは外野、そのほぼ全部ができる。だから送球はお手の物なんだ。それなりには狙って放るから、しっかりキャッチしてくれよ。」
右手のグラブに白球をバシッ、バシッ、と何度か叩きつけたあと、武神は大きく振りかぶった。
次の瞬間、白球は猛スピードで和歌神の方へと飛んでいった。
「うおっ!!」
少し油断していた和歌神は、その超速球をとりこぼしてしまった。
「和歌神君、大丈夫かい?」
そう言いながら、武神は小走りで和歌神の元に近寄った。
「……マジかよ。」
そう呟くと、和歌神は左手のミットで転がっていったボールをとった。そしてそのボールを武神に渡した。
「はは、驚いたかい?僕の送球も中々早いだろう?」
その笑顔の裏にはたくさんの努力があるのだろう、と和歌神は思った。
その送球の速さは、おそらく高校生としては完璧の早さだった。まさしくレーザービーム、矢の様な送球だった。
「でも、大丈夫ッスよ。次は確実に取って見せますから。」
武神はさっきの位置に戻ると、先ほどと同じく矢のように鋭い送球を送ってきた。
(もう驚いたりはしない)
その送球は武神があえて悪送球にした球だった。普通通りに球を待っていたら確実に和歌神のはるか頭上を越えていく予定だった。しかし……
「そこっ!!」
和歌神は飛び上がり左手のグローブで見事にキャッチして見せた。投げた武神は、少し唖然としていた。
「けっこう難しい球を投げたつもりだったんだけどな……」
武神は軽く頬を掻きながら苦笑いしていた。和歌神はミットからボールをとると、武神めがけて送球した。その球は、何度かバウンドをして力なく武神のグローブに収まった。
「……なるほど。」
「すんません、ファーストやってるもう一つの理由です。」
申し訳なさそうに和歌神は顔を俯かせた。和歌神の送球は武神と比べても、いや、普通の高校生と比べてもはるかに遅い送球だった。
「まあ、ファーストなら投げる機会もあまりないしね。部ができてからしっかりと投げれるようにはしていかないといけないけどね。」
それから軽いキャッチボールをした後、2人はバッティングセンターへと向かった。
「さて、次は攻撃について少し見せてもらえるかい?」
和歌神は200円で30球、125kmの球を放る機械の前へと立った。武神は後ろで腕を組んで微笑みながら和歌神をみている。
「わかりました。30球中20球以上は前にかっ飛ばしてやりますよ。」
「ほう。」
そういって和歌神はバットを持ち構えた。
その構えは、ただバットを持っただけのような体勢で、足を軽く曲げ、脇をしめて構えるわけでもなくただ緩やかに構えていた。
(ほう、神主打法か……)
普通の人が構えるスクエアスタンス等と違い、自然体のフォームで球が来るのを待つ打法、それが神主打法だ。
「さあ、こい!!」
第一球目、125kmの球が飛び出してきた。
「ちょれえ!!」
「カーン!!」と景気のいい音がした。自然体のフォームから瞬時に構え、そのバットが白球を真芯で捉えた。
「もういっちょ!!」
次に出てきた球も軽々と前へかっ飛ばしていく。
結果、和歌神は30球中22球、内10球近くはツーベースヒット、スリーベースヒットはくだらないと言えるくらいの当りだった。
「どうッスか、武神先輩?」
「いやあ、正直驚いたよ。それくらいできるんだったら、野球の名門校でも通じたんじゃないのかい?」
正直、和歌神は自分の打率に自信を持っていた。
兄と一騎打ちをしているときは惨敗だったが、バッティングセンターでは何度も前にかっ飛ばしていたのだ。
「でも、まだまだ。ホームラン級の辺りは一回も出ていなかったからね。」
「えっ?」
武神は和歌神からバットを借りると、真芯の前へと出てそのバットを構えた。別になんら変わったところのないスクエアスタンスだ。
「手本を見せよう。僕は守備や送球以上に……」
白球が武神の元へと飛んでくる。
「打撃の方が得意なんだよ。」
「カキーン!!」と先ほどまでの音とはもはや別格の音が鳴り響いた。明らかにホームラン級の激しい打球、その球は武神のバットから放たれたものだった。
その後も何度も景気のいい音を立てて白球をかっ飛ばしていった。結果は30球中23球ヒット、内10球近くがツーベース、スリーベースヒット球のあたり、2、3球はホームラン級の当りだった。
「ふう、いい感じにいったね。でも、もう少し球速は早いほうがよかったな。」
(……武神先輩、なんでもっと野球の強い高校行かなかったんだろ?)
夏真は心の中でそう呟いた。
その後は軽く打っていった後、蒼月学園へと戻っていくことにした。2人とも、家が近くにないので学園の寮に住んでいるのだ。
「キャー!!ひったくりよ!!」
東京にしては静かな夜の静寂を、いきなり大声が台無しにした。
「くそっ、どけ!!」
いきなり後ろからぶつかられた和歌神は反応することができず、そのまま引ったくり犯を行かせてしまった。しかし、それを放置しておく2人ではなかった。
「追いかけるよ、和歌神くん!!」
「了解ッス!!」
走り出した武神の言葉に頷き、和歌神も引ったくり犯を捕まえるために走り出した。
「な、なんだ、あいつら!?」
2人は高校生とは思えない俊足だった。見る見るうちに引ったくり犯との間はなくなっていき、とうとう追いつきそうになった。
「えっ?」
しかし追いつく寸前、和歌神の顔を横切り、後ろから何かが引ったくり犯めがけて飛んでいった。
「ぐあっ!!」
それを後頭部にぶつけられた引ったくり犯はその場に倒れた。ぶつけられたものは、野球の硬式ボールだった。それは、和歌神の見覚えのあるボールだった。
(このボール……まさか!?)
ばっ、と和歌神が振り向いた視線の先にいたのは……
「和歌神、久しぶりだな。」
「く、九城!?」
小学生の頃、まだ東京に来ていない時に一緒にいた夏真の幼馴染の九城 連だった。
続く