第一話 「一塁手 和歌神 夏真」
「どうした、夏真。もうツーストライクだぞ。」
ある河原で小学生くらいの2人の子供がいた。
一人は片手にグローブをし、右手には硬式野球のボールを持っている。
「まだだ!!一球のこってるだろ、早く投げろよ!!」
そう叫んだのは、右バッターの位置に立ち、片手にバットを持っている少年だった。
彼の名前は和歌神 夏真、ピッチャーをしている少年の弟だ。
「よ〜し、いい心意気だ。んじゃ、ラスト一球で三振にしてやるよ!!」
少年は大きく振りかぶり、ボールを投げた。
「うおお!!」
ブゥン!!
バットは大きく空を切り、和歌神の後ろにはボールが落ちていた。
「三振、バッタアーウト♪」
ピッチャーをしている少年は、そう言いながらグローブを空高く投げた。
「これで今のところ、俺とお前の対戦成績は俺の38戦36勝2敗で29奪三振だな。先に帰るぜ、夏真。」
空から丁度よく落ちてきたグローブをキャッチして、少年は自分の家へと向かっていった。
「……ちくしょう。」
そういって、和歌神はその場に座り込んだ。
これまで夏真は色んなスポーツをしてきた。バスケ、サッカー、バレー、柔道、剣道、その他色々。
しかし、すでにどれにも和歌神は興味を寄せていなかった。それは、さっきの兄が原因だった。
「野球も駄目なのかな、俺……」
和歌神以上に、兄は色んなスポーツに興味を持っていた。なので、和歌神は色んなスポーツで兄と勝負してきたのだが、野球と同じくろくに勝てることも無く、自分には才能が無いのだ、と思ってしまうのだ。
今回の野球も、いまだにヒットを打てたのはたった2回、しかも勝負の大半は三振で討ち取られてしまっている。
「何言ってるんだよ、夏真。」
落ち込んでいる和歌神の前に、一人の少年がやってきた。
「蓮……」
少年の名は九城 蓮、夏真の同級生で幼馴染だ。
九城も和歌神と同じく野球をやっていてピッチャーをしている。
「もっと練習すればいいだろ?俺も手伝うよ。俺が投げるから、しっかり打てよ。」
九城はそう言ってポケットからボールを取り出すと、和歌神から18mくらい離れた。
和歌神も立ち上がると、バットを構えた。
「よ〜し、いくぞ!!」
「こい!!」
あれから数日後、和歌神とその兄はいつも通り河原で勝負をしていた。
「さ〜て、今日で記念すべき50戦目だな。」
あれから和歌神は九城と勝負して実力を磨いていたが、まったく兄にはかなわなかった。
「なあ、この50戦目、賭けでもしないか?」
「賭け?」
「そうだ。負けた方が、高校になってから一人暮らしをするんだ。」
「……なんで?」
兄はにやっ、と笑った。
「ガキの一騎打ちじゃねえところで戦おうってことだ。高校野球、その甲子園でだ。」
「……いいぜ、だけど兄貴。」
和歌神はそこまで言って、右バッターの位置に立った。
「一人暮らしは、兄貴がすることになると思うぜ。」
「どっから来るんだよ、その自信は。」
兄はその手にボールを強く握り、構えた。
「行くぜ!!」
とても小学生とは思えないその豪腕から放たれる速球。
小学生が投げれるスピードではなかった。
「うおお!!」
ブォン!!
一球目、ストレートに見事に空振った。
「次、行くぜ!!」
先ほどよりスピードが落ちた。
(これだ!!)
和歌神はボールの少し下にバットを持っていった。
ボールは和歌神の寸前で下へと落ちてきた。二球目はフォークだった
「ドンピシャ!!」
予想はできていた、だからこそ当てれると和歌神は確信していた。
しかし、そのボールは予想以上に下へと落ち、バットの下を通った。
「はい、ツーストライクだ。」
夏真はボールを拾い上げ、兄に向かって投げた。
兄はグローブでパシッ、とうまくキャッチし、早くも投げる体制になった。
「さあさあ、ラスト一球だ。前もって言っておくぜ、球はストレートだ。」
そういって、兄はこれまでに無いほど大きく振りかぶった。
より投げる際に力をこめられるように、つまり球速をあげるためにだ。
「来い!!」
あれから6年後、和歌神は寮のある学校に進学した。
つまり、あの戦いで負けてしまったのだ。しかし、悔しさは何も無かった。
「今回は、俺の勝ちだったな。さて、もうこれからは一騎打ちはしないでおこうぜ。今度戦う時は甲子園で、だ。」
あの時、三振を取った和歌神の兄はそういった。
そして和歌神は、再び彼と戦うために、自分の故郷から出て東京のある学園に入学した。
こうして、彼の激しくて熱い高校野球生活が始まった。