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雨が泣くのを誰が知る  作者: 小鶴
第二章 (仮)雲の章
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雲のベッドを探す








 着いた街サンテグリュは、壮観だった。小さな山々に囲まれたその街は、時雨が山を下りてくる時にその大きさを見せつけていた。

 シアー達と出会ってからすでに三週間は立っていたが、その行程で立ち寄った今まで来た街をすべて足したとしてもかなわない大きさであったし、一つ一つの建物も豪勢だった。

 サンテグリュの町の中でもひと際目立っていたのは、せいぜい高くて四階ほどの建物のなかに、群を抜いて大きな塔だった。時雨の世界であればどこにでもあったであろう高さだが、高々四階までしかない建物の中に、ゆうに六十階はありそうなその塔は時雨を驚かせた。あっけにとられてその塔を眺めていると、横に立っていたシアーがこの町の中心であることを時雨に教えてくれた。

 建物は全体的に、クリーム色が強い。この近くでとれる粘土石の色だろうと、ザイールがあたりを付けていた。




 町の手前で、時雨たちとザイールたちは一端別れた。先に職場である神殿に向かうのだという。人数が増えただけで、やはり旅は格段に楽しくなった。シアーの軽口やザイールの優しい口調そんなものはとてもいいものだったが、けれどもシアーの物おじせずなんでも聞いてくる性格に時雨は神経をすり減らしていた。

 だからその別れに時雨は手をふりながら、内心ホッとしていた。いつ滅多なことを言ってしまわないかと、この二十何日もの間ずっとひやひやしていたのである。



 街の中に入っても、サンテグリュのその凄さは際立っていた。今まで辿ってきた街とは規模が違うからだろう、これまでには無かった娯楽施設や、インテリア施設などのようなものがあるらしかった。

 時雨は物珍しそうにキョロキョロとしながら歩いた。この街でしばらくの間は過ごすのだと思うと、街のことを知っておきたくなった。

 ユチカも一度しか来たことがないらしく、今までよりも歩くスピードはゆっくりになっていた。彼も視線を泳がせている。時雨とはちがって何かを探しているようなその視線の動かし方に、時雨は不思議に思った。


「ユチカ、何見てるの?」

「案内所を探してるんだ」

「案内所?」

「いろんなね。観光案内も、宿泊案内も。こういう街は、いい宿を選ばないと」



 その、‘いい’が、値段や格式が高い、という意味ではないということは時雨にも分かった。こうして街の中を歩いてみると良くわかる。


 今までの街とは違って、顔ぶれが多種多様になってきていたからだ。ここに来るまでの街は、比較的小さなものが多かった。すると不思議と街それぞれに人々の特徴があるもので、時雨とユチカが街に入ってすぐに、自分でも浮いているという感覚を覚えた。けれどここはそれがなく、時雨は自分がすんなりと街に溶け込んでいると感じた。

 色とりどりの異なる民族衣装。肌の色も目の色も、そして身分もそれぞれに異なっている。身にまとう着物や、すれ違う時に触れる服の触り心地で良くわかった。つまり、ここは身分の高い人から、言葉は悪いが浮浪者や流れ者まで、いるということなのだ。宿選びも慎重にならざるを得ないのだろう。



「あった」


 生憎字が読めない時雨には、どこに何があるのかは全く分からなかった。せいぜい店先に飾ってある商品で、そこが何なのかの検討を付けることしかできない。だから、ユチカが向かっていく店を見ても、一体それがどうして案内所なのかはまったくわからなかった。ずんずんと進んでいくユチカを、時雨は慌てて追いかけた。






「いらっしゃいませ」


 声色が高めの、長い髪をした女性が受付のようなところに一人で座っていた。その後ろには、何個も机が置いてあり、そこで何人もの人が書類を片手に忙しそうにしている。役所のような印象を時雨は受けた。


「しばらくの間泊るところを探しているんですけど」

「どのような部屋を?」

「値段も気になるけど、安全を優先して。姉と二人だから」


 そう言いながらユチカは時雨のほうをあごで軽く示して見せた。長い髪の女性に目を向けられた時雨は、姉と紹介されたことへの驚きを取り繕って曖昧に笑い返す。

そう紹介するなら先に言っておいて欲しいものである。ユチカとは全く似ていないのだが、妹に見えるのだろうか。

そんな時雨の心配もよそに、営業スマイルを浮かべたお姉さんは何も気にせずにそうですね、と考え込んだ。


「それだけであれば結構な数が該当しますよ。もう少しなにか絞り込むことはありますか?」

「じゃあ、なるべくサンテグリュの塔に近いところから探してほしい。あ、あと僕は仕事もしたいんだ。雇ってくれるところも探すから、その仕事場に近いと尚いいかも」


 仕事を探すのは時雨にとって初耳だった。時雨は顔をあげるが、時雨に背を向けているユチカがそれに気づくこともなく、しょうがないか、と時雨はまた元の位置に視線をもどした。

 少々お待ちくださいと席を立った受付のお姉さんは、分厚い本を持って奥から出てきた。ぺらぺらとページを捲るのを見ながら、時雨は視線を窓の外に移した。活気のある町である。クリーム色の壁、肌の色、着物を眺める。


 全部違うなあ、と改めて時雨はしみじみと思った。


 時雨の知っている世界は、ほとんどが日本だ。黒髪に黒目。ときどき亜麻色の人もいないこともないけれど、それでも黒が大半。外国人以外は、黒だったのだ。

 けれどここは、まるで時雨が知っている外国。とりどりの色に、時代錯誤な服。


 そんな外を眺めながら、時雨は目を瞑った。ここにきてからいつの間にかもう、二ヶ月近くがたとうとしていた。けれど時雨は、自分が何をしているのかがいまだによくわかっていなかった。

 何をしたらいいのか、明確な目標さえもいまだかつてないのだ。なのに時雨は流されるままにこうして旅をしていた。

 人に追われてこの世界にきた時雨にとって、今では追いかけられたその恐怖さえももう薄らいでいた。時がたつにつれて記憶が薄れ、また平穏な日々に安堵し始めていたのだ。

 元の世界に帰る方法を探せばいいとも時雨は考えたりもするが、それは無理だろうと言う気持ちも時雨には芽生えはじめていた。シアーナントとザイールと一緒に旅をしている道すがら、エニアラ教の神官たちや異世界に行くと言う話をユチカがそれとなくは聞いていたが、どれも時雨やユチカに取って力になるものとは言い難かった。




「シグレ、ここでいい?」


 その言葉を聞いて時雨は思考を止めて顔をあげた。ユチカが時雨に話しかける声だ。いつの間にかユチカは話を進めていたらしい。時雨は手元にある紙を覗き込んだ。そうしてから、読めないことに気づいて顔をユチカに向ける。しょうがないので頷くしかなかった。それを見て店員が書類を持ってきます、と席を立った。

 時雨の曖昧な表情にユチカも時雨が字を読めないことに気がついたのだろう、そうだったねと呟いた。



「サンテグリュの塔から徒歩十分、市場の通りの裏にある宿屋だよ」

「うん。分かった。あのさ、働くって……」

「あ。言ってなかったっけ?そろそろ懐が厳しくなってきたから。働かないとそろそろやばいんだ。図書館での仕事があるみたいだから、そこで働くつもり」

「え、ユチカだけ?私も……」

「初めはそのつもりだったから、シグレの分も探していたんだけど。字が読めないと、やっぱり難しいよ」

「あ、そっか……」


 字が読めないことは大変だと、時雨はこのとき改めて思った。


 そのとき受付のお姉さんが戻ってきて、二人は一旦会話を止めた。ユチカが一言話しかけると、持っていた書類の中から一枚の紙が抜き取られ、隅に置かれた。多分あれが、シグレの働くために必要な書類だろう。


「こちらは紹介状になりますので、それぞれの主人にお見せください」


 書類にハンコとサインが押され、差しだされた紙をユチカが受け取った。時雨は横からそれを覗き込むが、まったく読めそうになかった。分かったのはその書類の紙質がひどくごわごわしていることくらいだ。


 働けないと言う事実は、時雨を少し困らせた。ただでさえ今までもずっとユチカのお金で生活していると言うのに、またこれからもそうなりそうである。

 文字の勉強を試みようと、ユチカに教えて貰ったこともあったが、一文字ずつが何か分かってもその組み合わせ方や文法はちんぷんかんぷんだった。日本語とも英語とも異なるそれを覚えるのは難しそうである。



――私、何にも役にたってないなあ……。



 時雨は小さくため息を吐いた。








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