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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
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守宮の巣

作者: Setaria.v
掲載日:2026/10/16

「ただいま……」

 僕は朝日が昇る頃、やっと彼の待つ自宅に着いた。

「おかえり」

 彼は夕飯という名の朝ご飯を用意してくれていた。夜勤の僕に合わせて、彼は家で待っていてくれる。

「あんまり水触らないでね」

「それはムリ」

 彼はそう言って両手を僕に差し出した。いつもより冷たいその手先には、不思議な感触の趾下薄板が広がっていた。

 僕の彼氏はヤモリに似ている。正確には、両足で立って生活するのに骨格や内臓が小さなヤモリとは違うらしいのだが、見た目は完全にニホンヤモリである。

 僕は彼の手を包み込んでにぎにぎと温める。彼は目を細めてくすぐったそうな、気持ちよさそうな表情をしていた。

 乾燥した細かな鱗の下には確かな筋肉があり、趾下薄板は不思議な力で僕の指に吸い付いてくる。

※

 僕らの馴れ初めは、大学時代のバイトから。彼は夜行性だから、僕はお金がなくて、倉庫の荷運びのバイトをしていた。

「あだっ!」

 狭い天井に気を取られていたら、足元の荷物に気づかずに転んでしまった。

「大丈夫?」

 低く、少しざらついた声。彼の鱗と同じような心配が上から降って来て、僕は首を上げた。

 灰と茶が複雑に入り混じった宝石のような眼は、僕を見下ろす時だけ瞳孔が広がって見えた。

 僕は不意にどきりとした。

 彼は僕の内心を知ってか知らずか、その独特な手をこちらに伸ばした。

「……!」

 その時から、何とも言えずに指に吸い付くその感触が、僕の心に張り付いて離れなくなってしまった。

※

 あれから僕は大学を卒業して、大きな会社で悪くないポジションを得た。社宅を出て、会社から遠くなく、少し大きめの2DKの部屋を借りてから、意を決して彼に連絡をした。

 彼はまだ、夜勤の倉庫のバイトを続けているようだった。

「ちょっと、厳しい」

 MAH(mysterious animal human)の彼が、無理なく就ける仕事は少ないのだろう。彼曰く、あの倉庫ですら眩しく、辛いらしい。僕はここぞとばかりに口八丁で彼を丸め込み、自分の住む2DKで彼と同棲する約束を取り付けた。

 口下手な彼は何度も謝ったり感謝したりしていたが、もし彼が僕の下心に気づいたのなら、軽蔑されるだろうか。

 その内に仕事を辞めてもらい、僕の稼ぎで彼を養うことにした。その内に家に帰るとご飯と風呂と彼が待つ生活になっていった。

 親からはたまに結婚しないのかと聞かれるが、僕は、彼と暮らすこの日々に幸せを感じていた。

「もうすぐ?」

 僕が聞くと、彼は「うん」と答えた。僕は半日寝てから出勤し、会社に週末休む旨を伝えた。

 僕は彼に性欲を向けたいかと問われれば、わからないと答える。彼の鱗に自身を擦り付けたいし、彼の肉厚な舌に僕の短い舌を絡ませたいとも思う。だが、それで彼を穢したくはないし、彼をそうして貶めたくもない。彼の指の感触を思い浮かべて自身を擦り上げては後悔し、を繰り返している。同棲もそうだが、彼と僕との間ではどっちつかずの空気が流れていた。

 そんな僕が、遠慮なく彼に触れられるのが、脱皮の時だ。

 大体一ヶ月に一回くらいのペースで彼は脱皮をする。僕はその日に合わせて有給を取得するのだ。少し肌の感触が変わる身体の合図は、彼よりも僕の方が敏感だった。

 彼は僕に気を遣って、乾燥した人間の部屋で暮らしてくれている。部屋にカビが生えると水仕事が増えてしまうことも気にしてくれているのだろう。

 だけど、この日ばかりは違う。

「悪いね」

 彼は、いつもの通り風呂で篭っていた。わざわざお風呂の給湯機能をオフにして、少し冷たいくらいのぬるま湯を作っていた。

「僕がいつもこの時を楽しみにしてるって言ったら、君はどう思う?」

 僕はおずおずと聞いてみると、彼は口を開けて舌で目を舐めた。

「申し訳ないな」

「こんなに楽しみにしているのに?」

 彼は頷く。すると、首元の皮がふやけて少し浮いた。

「自分がこうでなければ、こんな手間はなかった」

 彼はぺたりと両腕で自分の身体を抱いた。裸なのに鱗が浮かぶのっぺりとした胴体は、生々しさよりも野生の艶かしさの方が勝っていた。

「でも、僕がこうして君に触れられる機会は多くないから」

 そんなことを言いつつ、僕は彼の首元に手を伸ばして、ふやけた皮を擦るように取り去った。彼はその様子を、大きな目でずっと見つめていた。

「気持ち悪くない?」

「全然。むしろぺりぺり剥がれるのが気持ちいい」

 僕は首の後ろにも手を回し、背中に沿って少しずつ皮を剥がしていった。ぬるま湯に浮かぶ薄い鱗模様の皮が増えていく。

「面倒ではないかな」

「それがいい。その、君、だから……」

 僕が口籠りながら言うと、彼はまた目を舐めた。次は彼の胸元から、下半身にかけての皮である。僕が恐る恐る手を伸ばすと、彼は無言で背を向けた。

「こっちは、自分で」

「分かったよ」

 僕は少し残念に思いながらも、彼の背中の皮を外していく。途中で血が出てしまわないよう、痛みがないようにゆっくり、ゆっくりと剥いでいく。出来心で新しい鱗に指を滑らせてみると、彼はぴくりと背を振るわせた。

「びっくりした」

「ごめんって」

 いつもはここで終わるやり取りも、今日は少し踏み込んでみたくなった。

「新しい鱗ってどんな感覚なの?」

 ややあって、彼はぽつりと答えた。

「空気も分かるような感じ」

「それって、敏感ってこと?」

 彼が頷くと、首の後ろの皮が破れた。とりあえずそこは後回しにし、僕は彼の臀部から尻尾を撫でるように摩って古い皮を落とした。

「んっ」

 彼のそんな声に、僕は唐突に彼が裸であることを思い出した。丸くて滑らかな尻尾の付け根に触れようとして、伸ばした指を引っ込めた。そこは、彼の大事な場所だ。

 僕はぴくぴくと震える尻尾から、丁寧に皮を剥いていった。先の方まで綺麗に剥けて気持ちがいい。

「後は大丈夫」

 そこで彼は僕から目を背けつつ、僕を風呂場から追い出した。僕は、風呂の扉に背を預けて微かな音に耳を澄まし、悶々とするしかなかった。

「……来て」

 しばらくした後、彼はそう僕に声をかけてきた。

 見れば、手の先や目の周りなど、取りづらい場所に少しだけ皮が残っている。

「取れなかったのか」

「うん」

「だったらどうして追い出した」

「……」

 彼は何も言わずに俯いて、皮が剥がされていく自分の手を見つめている。

「僕の心にはもう、君の手がぴったりと張り付いているのに」

 僕がそう文句のように言うと、彼は「本当に?」と首を傾げる。

「ほら」

 僕は皮を剥き終わった左手を、僕の服の下に入れた。ぴたりと胸に左手が張り付く。彼にはこの鼓動が伝わっているだろうか。

 爬虫類系のMAHである彼の表情は読めないが、彼は頻りに自分の目を舐めていた。

「ずっと、そういうのが嫌なのかと」

「……正直、分からない」

 彼の揺れる尾を眺めながら、僕は正直に心情を吐露した。

「確かに、僕は君に対して興奮する。だけど、それじゃいけないと思うんだ」

「どうして?」

「君のその、美しさを、僕が穢したくない」

 そこで彼は、右手で僕の顔に触れた。

「僕も、この滑らかな肌を穢したくない」

 吸い付いては離れる指先が、僕の心をノックする。

「汚れているのはこっちだよ」

「いいや?」

 彼は自分の目をグッと僕に寄せた。

「まだ脱皮できていない」

 僕は何かの催促かと思い、目の周りの方を先に剥がし始めた。爪で優しくカリカリと書いてやれば、彼は気持ちよさそうに目を閉じた。

「ほら、次はそっち」

 彼は頭を反対側に向け、僕が皮を剥きやすいようにしてくれた。

「ほんとに、好き?」

「好きじゃなかったら、どうする」

 僕が少し不貞腐れたように言うと、彼は「それは困る」と言う。

「困って、どうするの?」

「路頭に迷う」

 そう言う彼の目があまりに切実だったので、僕は思わず吹き出してしまった。

「大丈夫。君のような美しいひとを僕がそんな目に遭わせる訳がないじゃないか」

「……ほんと?」

 彼は余程不安に思ったのか、伏目がちに僕の目をちらちらと見ている。彼はきっと、ずっと人間にいじめられてきた。ずっと除け者にされて、差別されてきた。今更僕にどんなことを言われても、彼には響かないのかもしれない。彼は、証が欲しいんだ。

 僕は、服の下に彼の左手を入れたまま、彼の右手を取った。

「ほんとだよ、大好きな人」

 そうして、まだ皮の残る指先を口に含み、舌で器用に外してやった。

「あ、あのさ、ぞわぞわする」

 しかし、これは彼のお気に召さなかったらしい。僕は少し笑って「どこがいい?」と聞いてみたら、彼は瞳孔を大きくしたり小さくしたりを繰り返した。

 結局彼は、目を瞑って、太いピンク色の舌を最大限前に突き出した。僕はその意図が分かった途端、彼が可愛すぎて笑ってしまった。

「ひどい」

「ひどくないよ」

 目を瞬かせた彼は、ずっと左手で僕の鼓動を感じたままだ。僕は「頭を下げて」と言って、鼻の脇に残った皮を取るついでにキスしてやった。


「ずっと人間に嫌われてきた」

「そうだろうね」

「どうして君は」

「好きだから」

 僕は布団の上で、彼は床で寝そべりながらそんな話をする。僕は焦ったくなって、シングルのベットの端を叩いて彼も乗るように促した。

「どうして」

「好きに理由っているの?」

 彼を仰向けにさせて、僕は彼に馬乗りになる。その時、彼に僕の興奮も伝わってしまった。

「気持ち悪くない?」

 今一度、何度もそう確かめる彼にかかった呪縛を感じた。これは、僕しか解いてやれないかもしれない。

「好きさ。大好きだよ……」

 そう名前を囁くと、彼は「ピッピッ」と目を細めて僕に応えてくれた。

ヤモリが分からんくて調べました。

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