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激流葬  作者: あんかけ
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間違ったのか。

彼らの思想と自分の志は合致していたはずなのに、なぜこうなったのか。

弱者が暮らしやすい世界を作ることが自分の理想であり、希望だったはずなのに。

ここで自分は終わるのか。



「さて、頭が冷めたかな?コマロフ君。

僕たちをあんな言葉で罵るのもいいが、僕たちだって限度があるよ。堪忍袋の尾が切れることだってある。君も今の状態を冷静にみて今後の振る舞い方を気をつけたほうがいいんじゃないかい」


目の前の男、茶色のチェックのダブルのスーツを履いたヴェルホーヴェンスキーが言った。この男は危険人物で詐欺師だ。ほらふきのように嘘を語り、ぺらぺらと軽いことをいって、現場を混乱させる張本人だった。甘い、囁くような声で話しかけてくるが、それは彼の警戒心を解くための手段の一つで、彼の気性の激しさは自分の思うように話が進まないとチラチラと彼の態度に表れていく。礼儀正しい風に見えるが、それも相手の警戒心をとくための一芸であり、彼には手段を選ばない冷酷な性格が垣間見えた。


そんな男と部屋を共にしながら、自分は木製の椅子に腕を後ろで縛られ、監禁されていた。


「おまえとは話したくない!おまえは悪党だ。

活動家なんかじゃない!おまえは皆に悪をばらまく悪魔だ!」


そういった瞬間、髪を思いきり掴まれ、ヴェルホーヴェンスキーに耳元で囁かれた。


「言うじゃないか。僕が悪党だって?君はそんな悪党にノコノコついてった一人なんだよ。君は全てを僕のせいにするが、判断したのは君の責任じゃないか。人のせいにするのはずるいんじゃないか」


引っ張られた髪を振り投げるようにヴェルホーヴェンスキーがすると、コマロフの口の中が切れて血の味が滲んだ。


「お前が俺たちの仲間をぐちゃぐちゃにしたんだ。

あんな嫌らしい状態にして、平気でいられる精神が異常だ!お前は化け物だ!」


「がたがたうるさいな。ぼくはいつも、自分の信念に生きてきたよ。革命家は最初から死刑を宣告されている。自分の命をなげうって、すべてを捧げるんだ。君たちは恋愛ごっこをして、遊んでいたじゃないか。それが余計なことだったとは思わないのかい」


「お前は汚らわしい蛆虫だ…、人間なんかじゃない。

お前は最初からああなるのを知ってて、誘導してたのか」


コマロフの掴みかかるような動きに、驚いたヴェルホーヴェンスキーは数歩彼の前から離れ、様子を見ている。


「計算内ではあったよ。人間は落ちるところまで落ちるもんだ。でも、それでも平然としていられる人間がいることも分かった」


「平然としていられるか!それはもう人間じゃない!

人間から外れたケダモノだ!」


ヴェルホーヴェンスキーが冷めた表情でその様子を眺めてから、入り口ドアの壁をとんとんと叩いた。すると、若いスーツ姿の女性が入ってきた。


「頼むからね。君なら十分に役目を全うできると信じているから」


親しげな調子で、女の肩を叩きながらすれ違いざまにヴェルホーヴェンスキーが話しかけると、女は人懐っこく近寄っていって、返事をした。彼を心から尊敬しているのが見ていてわかる。


「多少荒くても構わない。なんせ仲間を裏切ったやつなんだから」


ヴェルホーヴェンスキーが、部屋から出ると女が金槌を持ちながら目の前に来た。コマロフを見下ろす。その目は軽蔑のまなざしで、嫌悪感がありありと浮かんでいた。


「ヴェルホーヴェンスキーさんの、お手間を取らせるやつはうちが許さない、それも仲間を裏切ったやつなんて」


「君はあいつが好きなのか」


コマロフがそういうとわかりやすく動揺した女は、持っていた金槌を落とした。金槌が彼女の足にぶつかり、小声で「いたっ!」と叫ぶ。まるでコントのようだった。


「そんなことに答える筋合いはないからね!

私はあの人を尊敬してるの!」


「恋愛感情が入ってるように見えるけどな」

この様子をヴェルホーヴェンスキーも眺めているだろう。こんな安芝居が彼にダメージを与えられるとは思わなかったが、鎌をかけてみる。


「君も彼らみたいにあれを使って、あっち側の人間になってみたいと思わないのか」


女はビクッと体を震わせて、屈んだ状態で金槌をとった。この女があの状態をどのように思っているのか知りたくなった。


「それは最終手段よ。ヴェルホーヴェンスキーさんが私にそのことを頼んだ時、私はその役目を全うする」


「君には選択権がないようだな。あいつに入れこんでやがる」


「それは私だけじゃない。同じ仲間たちがヴェルホーヴェンスキーさんの理想をかなえるために集まっている。弱者の生きやすい世界を作るために私たちは集まっている。それを邪魔するやつは、前仲間だとしても今は敵!」


女は金槌で思いきりコマロフの無防備な頭を叩いた。がくんと鈍い痛みが頭にじんわりと浸透してくる。


(この女、頭からやりやがった)

うめき声をあげるコマロフにびっくりした女は、もぞもぞと右往左往して混乱している。こういう行為をしたことがないらしく、動揺がありありとその顔に浮かんでいた。

と、ヴェルホーヴェンスキーがドアを開けて中には入ってくる。その手には鋭く先端が尖ったペンチがあった。パチンパチンと音を立てて入ってくると、女に声をかけ下がらせる。


「女まで使うなんて、人手不足なのか?それもただのド素人だ」


「これから育てるつもりだった。人間やり続けないと成長しないだろう」


コマロフの背後に行くと、ぎっちりとつながれた両手を掴み、その中から人差し指を取り出す。ヴェルホーヴェンスキーは隙のない動きで、一気に人差し指の爪を引き剥がした。


獣のような悲鳴が室内に響く。コマロフは体をのたうち回しながら、痛みに耐えていた。指先から肉がはがされたような激しい痛みが襲ってくる。堪らない。恐怖が一気に襲ってきた。


「軽口も大概にしろよ。僕は怒ってるんだから」


低い、吐き捨てるような言い方でヴェルホーヴェンスキーが言うと、摘んだ爪をぽいっと捨てて、コマロフの顔面を平手打ちで思いきり叩いた。ぱちんと甲高い音がすると、コマロフの口から切れた血が出てくる。

女に向かって教え諭すようにいう。


「こういうのは勢いが大事なんだ。相手の言うことにばかり答えないで、一気に抗えない立場にすれば形勢逆転。君のターンが始まる。そうすれば君の流れになる。動揺は見せない。相手は裏切り者で僕たちをだましたやつ。同じ人間だと思う必要がない。恐怖で相手を操作したやつが勝つんだ」


女は動揺しながら、必死にヴェルホーヴェンスキーの話に聞き入っている。


「弱者を助けたいやつが、恐怖で相手をねじ伏せたらやってることは弱いものいじめと変わらないんじゃないか」


ずっと思っていたことだ。彼らのやっていることが、弱者の救済ではなく、反抗や暴力的行為で訴えるように思えた。それは血で血を洗う闘争と何が違うのか。


ヴェルホーヴェンスキーはふっとコマロフの方に振り向いて、言った。


「僕は思ったんだ。弱者も強くならねばいけない。そうしなければ、強者から取られ続けるばかりだと。平和的な解決を望んでいるやつらはその程度の平和しか手に入れられない。暴力には暴力で対抗しなければ潰されるだけだ」


「お前のやってることは新たな諍いを生むだけだろう。それはずうっと世界中でやってきたことだ」


「人間だって獣だろう。弱肉強食の考えが当てはまってるところだってある。理性的に生きてる人間は甘い汁を吸うばかりで、変えようとしない。あいつらは自分たちはいい場所にいるから変わる必要がないんだ。その負担を背負うのが弱者だからな。」


ヴェルホーヴェンスキーは乱れた髪をかきあげて続けていった。


「言葉をしゃべれない人間がどうなるか知っているだろう?相手の都合のいいように解釈されて、殺されるだけだ。だから僕たちは言語を学ぶべきでもある。そこに優位性があるとしても、自分の主張ができるようにならないと反抗も弁明の意思も示すことができない」


「お前のやり方は荒唐無稽で、無意味なようにしか見えない。暴力的で、野放図だ」


「それでも、僕は進むさ。僕の見た地獄をみんなに味あわせたくない。犠牲になる覚悟は最初からできているんだから。君はそれから逃げた。僕はそれが許せない。僕の語った理想は君だからこそ話したことでもあったのに、君は耐えられないと言って脱退を願った。そんなものなのか、君の気持ちは」


「お前のやり方は破滅しかない。俺はそう思ったから脱退する決心がついた。」


「僕はたくさんの犠牲を見てきた。貴族階級の男にいいように利用され妊娠した下女、それも彼らに都合よく使われたあとに暇を出されて、子供がいるにも関わらず娼婦としか生きる道が残されなかった女たちだ。彼女たちがどうやってその後、どうやって生き延びるか知ってるか?彼女たちは犯罪まがいのことをして、日々生きるしかなくなるんだ。貴族たちはそんなことになってるなんてまるで知らない。彼女たちは明日死んでも、どうでもいいように忘れられる。そんな存在になったのは、貴族たちの軽い遊びのためだ。火遊びと言ったっていい。みんなやっているというおなじみの言葉で、どんどん罪を忘れていく」


「その女も悪いだろう、拒否すればよかったんだ。

なぜそんな感情的になる?お前がそのようにしたのか?」


「僕をそんなクズどもと一緒にしないでもらえないか。拒否しても襲われる場合もあるだろう。彼女たちのせいにされる場合だってある。言葉が分からない人間たちは、事実をねじ曲げられて路傍に捨てられてしまう。誰も助けるものなどいない。次は自分にならないように周りは警戒するだけで、助けるやつなど誰もいない。僕はそれが許せない。誰も不正に抗おうとしない。戦わずして、死に絶えるのは必然だろう」


「そいつらに思い入れがありすぎて、混乱しているようだな。おまえのやっていることは、その貴族たちと変わらないと何度言ったらわかる」


「同じなものか。僕は彼らを少しでもいい状態にするために文字を覚えさせるところから活動してきた。だか、農民たちは僕たちを嫌った。なぜか?僕たちが彼らよりもいい立場に生まれたからだ。彼らに文字を教えることが困難だと改めて理解した。僕たちの考えに賛同する農民たちもいたが、それはごく少数だった。皆即物的な解決を求めた。僕たちの活動は頓挫した。貴族の遊んでいる奴らがそんなことしたか?彼らはそんな地道に教えることなどやろうともしないで、農民がバカなことを願うばかりだろう。そのほうが都合がいいんだからな」


「お前が行き着くところは地獄しかない。本当の地獄だ。憎しみが憎しみ同士で叩き潰し合う、そんな未来しかない。それを仲間にも奨励して、みんなで地獄に行こうとしてるようにしか見えない。お前の独りよがりの考えが、みんなを道連れにするんだ」


「そうだとしても、僕はやめない。地獄行きで結構だ。覚悟を決めたからにはみんなをいい方向に導かなければならない。それが僕の一つの使命だ」


「酔っ払ってるだけだ。自己満足の極みだな」


「なんとでもいうがいいさ。僕の行動が、皆の1つの希望になれば生きる意味もできてくる」


ヴェルホーヴェンスキーがコマロフの顎を掴んで、自分の顔と近づけた。眼と眼が合う。どちらも鋭く、敵を睨みつける眼だった。


「堕ちるところまで堕ちてしまえ」


「滅びるまで前進をやめない」

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