七話『嘘からの脱却』
アタシは、佐賀美恋歌に家庭について打ち明けた。
彼女は同情してくれたのか、当分一緒に住んでも良いと言ってくれた。
家族は大丈夫なのかと聞いた所、両親は現在、アメリカで活動しているらしいことを言っていた。
「ここは今、私だけが住んでいる状態だから、好きなように使っていいよ。」
そう言うと、彼女は制服に身を包み、家を出て学校へ向かった。
アタシは彼女を見送ると、リビングのソファで横になる。
お風呂に入ったとき、彼女は痣を見てどう思ったのだろうと、今になって思った。
しかし、彼女は何も聞いてこないばかりか、アタシのプライベートな事は、彼女から聞いてこようとはしなかった。
…時間が経つのが、とても遅く感じる。
なんとなくテレビをつけ、ニュースを見た。
『ーーーでは続いてのニュースです。』
アタシはそのニュースを見て、身を見張った。
『今朝、午前6時に、川中太一と、川中京香を、殺人の容疑で逮捕しました。ーー』
画面に映された二人を見て、吐き気を覚えた。
口を押さえ、両親の顔を見る。
まるでこちらを見ているかのようなその目つきに、アタシはソファの後ろへ隠れる。
ソファからちらっとぞ画面を見る。
『ーー被害者の、荒堅善五郎さんは、その場で死亡が確認されました。』
画面が二人から変わり、ホッとしたのもつかの間、彼の顔写真が映ったとき、アタシは息が出来なくなった。
「………え…」
そこに映った写真の顔は、荒堅善五郎は、アタシに亡くなった娘さんを見せてくれた人で、アタシにもう一度チャンスを与えてくれた人だった。
クシャクシャになったオーディションの紙を、アタシは机の上から取る。
「…荒堅、さん……。…なんで?」
オーディションの紙を抱きしめ、その場で泣き崩れる。
……また、アタシが信じたいと思った人が消えてしまった。
「…アタシのせいで…。…アタシの、せいで…!」
誰も居ないリビングで、ただ一人涙を流すのだった。
ーーー学校、佐賀美恋歌。
家に置いてきた川中が心配ではあるが、とりあえず学校で授業を受けていた。
三限目が終わった頃、たまたま黒和優咲と出くわした。
「恋歌。ミハルを見ていないか?確か同じクラスだよな。」
彼は心配そうに聞いてきた。
私は、彼に話そうとも考えたが、人のことを勝手に言うのも良くないかと考え、適当に返した。
あまり納得いってなかったが、移動教室だった私は、彼を置いて移動を始めた。
(すまない、優…)
心の中で、彼に謝罪をする。
そして、四限目も終えた私は、家に電話を入れてみることにした。
1コール、2コール目の真ん中で電話に彼女が出た。
「もしもし、私だ。…大丈夫か?」
『…恋歌さん。アタシは大丈夫です。』
少し声が枯れている。まるで、先ほどまで泣きじゃくったかのような声だ。
しかし、彼女を問い詰めるのも良くないと考えた私は、家の中のものは何でも使って良いとだけ伝え、電話を切った。
そして、いつも通り一人で学校を過ごした。
ーーー佐賀美家、川中ミハル。
恋歌が電話をしていたときは、驚いた。
最初は出るか悩んだが、出ることにした。
電話を出るとき、アタシは自身が泣いていたことを悟られないように、二、三回咳払いをした。
彼女は『家にあるもの好きに使っていいから』とだけ言い、電話を切った。
泣いていたことは、バレていないと思うが、何か気を使わせてしまったなと少し罪悪感が生じた。
しかし、彼女がそう言ってくれたおかげで、少しは気が楽になったと思う。
アタシは家の中を探索し始めた。
まずはリビング。
大きな液晶テレビに、最新のゲーム機。それを観る形に置かれたソファと小さな机。
リビングのすぐ隣にはキッチンがあり、キッチンとソファの間に食事用と思われる机と4つの椅子が置かれていた。
キッチンには、大容量の冷蔵庫と、食器棚など、料理をするにしても家庭用とは思えないキッチンだった。まるで、レストランとはいかずとも、ファミレスなどのようには思える。
キッチンから玄関までの通路への扉があり、その扉の左斜め前の扉には、お風呂がある。
お風呂は洗面台と洗濯機のスペースが用意されており、その先に湯船があった。
お風呂は階段の下設置されており、そんなお風呂の右斜め前にはトイレがある。そして廊下の一番奥には、庭への扉があった。
庭は広く、バーベキューをするのに十分なスペースだ。
家の中戻り、二階へ上がってみる。
二階には、右奥にトイレがあり、洗面台がその手前にあった。
その反対、左側に行くと、すぐに曲がり、まっすぐの廊下が現れる。
その廊下には、右に二つの扉があり、両親の寝室と、誰かの寝室があった。
そのは反対側には、恋歌の部屋が一つと、その隣に謎の扉があった。
謎の扉はびくともせず、中はわからない。
恋歌の部屋は綺麗に整理されており、清潔感が漂っていた。
本棚には漫画だけではなく、小説なども多く入れられており、その全てのジャンルはバラバラであった。
恋愛もの、推理もの、バトルものに異世界もの。
それらは全て、まるで新品かのように保存されていた。
「…ん?」
そんな新品同様の本の中に、一冊だけ、とても古いものがあった。
それを手に取ると、好奇心から開いて中身を確認した。
「…これ…。」
本の内容は…
…いや、そのアルバムには、黒和くんと恋歌、そして凛月千夏が写っているものばかりだった。
「三人は…、幼馴染だったの?」
それが事実なのかどうか、これは彼女に聞くべきなのだろうか?
アタシは、そのアルバムをめくりながら思い悩むのだった。
ーーー夜8時。
「ただいまー」
玄関から気だるそうな声が聞こえてきた。
「おかえりなさい。部活ですか?」
「ん?なんで…」
「いえ、ここから学校までは約三十分ですから。
…部活を遅くまでやっているのかなと…」
アタシは台所へ向かう。
「そうだな、私は部活で遅くなった。
それより、なんだかいい匂いがするんだけど?」
恋歌が台所へと向かってくる。
そして、鍋を見て驚いていた。
「…料理できるのか?」
「あの家では、アタシが基本作らされてましたから…」
それを聞いて彼女は、納得したように小さく頷いた。
彼女は台所から廊下へ出ると、洗面台へ向かった。
それを見ながら、アタシはまだ迷っていた。
あのアルバムが、あの写真が頭から離れない。
だからといって、この事を彼女に話す勇気が出ない。
理由は至って単純だ…
確かに彼女は家にあるものは好きにしていいと言いはしたが、彼女のプライベートな空間に勝手に入ってしまったことへの、申し訳なさが今になって出てきたのだ。
カレーを煮込みながら、アタシは思案する。
そして、カレーが出来上がり、お風呂から上がったのか、下着姿の恋歌がやって来た。
「タイミングバッチリだな」
彼女は満足げに笑うと、席に着いた。
アタシは彼女の前にカレーの入った器を置き、冷蔵庫からお茶を取り出した。
「私はペポシで!」
彼女にそう言われたが、無視して冷蔵庫を閉めた。
「ご飯の時にジュースなんて、アタシは許しませんよ。」
「ちぇー」と言い、彼女はカレーをスプーンですくい口に運んだ。
アタシも席に着くと、「いただきます」と合掌し、カレーを食べ始めた。
カレーを食べている最中、恋歌はテレビを付けた。
『ーー背番号9番、近藤忠文選手。
スリーボールツーストライクと、追い込まれている状況!
宿敵である、凛月遊星選手から点を取ることができるか…!?』
「…ジャイアンツか!頼むぞぉ、遊星!」
遊星と言う選手がボールを投げた。
「…恋歌さん…」
「決めろー!!」
そのボールは、バッターである忠文選手のバットの下を通り、キャッチャーのミット吸い込まれるように入った。
それを見届けた恋歌は、椅子から勢いよく立ち上がると、天に拳を突き上げ嬉しそうに「やったー!」と言っている。
『遊星選手が決めたー!!見事に抑え、ジャイアンツを勝利へ導いた!』
テレビの実況も盛り上がっている。
アタシはなぜそんなに喜んでいるのかわからなかった。
そんなアタシに、恋歌は嬉しそうに離しだした。
「この凛月遊星って選手はな、プロ7年目なんだけど、ここまであんまり芽が出なかったんだよ!
そんな奴が、今日の試合で完投した上に!完封まで成し遂げやがったんだよ!!」
いつもは冷静だが、こんなに饒舌に話す彼女を初めて見た。
『13年ぶりの完全試合です!』
「完全試合!…まさか生きてるうちに2回も見れるなんて!」
嬉しそうにそう言うと、カレーをペロッと完食しスマホを取り出した。
「何をしているんですか?」
「…おめでとうって送るんだ…。」
少し恥ずかしそうに目をそらし、そっぽを向いたまま文字を打ち始めた。
アタシはテレビを見ながら、そんなにすごいことなのか、と思うのだった。
ーーー夜11時。
10時前に眠ったアタシは、トイレをしたくなり、部屋を出ていた。
用を済ませたアタシは、部屋へ戻ろうとした。
「…?」
廊下の途中で、恋歌の部屋から光が漏れていることに気づいた。
気になったアタシは、ノックをした。
「…まだ起きてたのか?」
扉を開き、顔を覗かせた彼女は、とても薄着で目のやり場に困る。
「……あの、こんな時間に何をしているのですか?」
その質問に、彼女は頬をかきながら、少しの間を置き答えた。
「配信活動…を、少しな。…まぁ、もう終わった後だけどな。」
彼女は眠そうにあくびをすると、ベッドの方へ向かった。
アタシは部屋へ入ると、扉を閉めた。
「…どうしたんだ、こんな時間にさ。」
ベッドで横になりながら聞いてきた。
アタシはあの事を聞こうとしたが、やはり切り出せずに居た。
そんなアタシを見た恋歌は、身体を起こすと、ベッドをポンポンと優しく叩き、座るように促した。
アタシは彼女の隣に座ると、少し気が楽になった。
「…あの、先に謝らせてください。
…勝手部屋を物色してしまい、申し訳ありませんでした。」
彼女は「やっぱりか」と言い、本棚へ向かった。
「見たんだろ?…優咲と千夏のアルバム。」
アルバムについてバレていたことに、アタシはドキッとした。
彼女は優しく微笑むと、アタシの隣に腰を下ろした。
「…これはな、私にとって大切なもんなんだ。」
そう言いながら、そのアルバムを開く。
「私は小学校が違ったからさ、もしかしたらアイツは私のことなんて忘れてるかもしれないけどさ、…実は同じ保育園で育ったんだよ。」
彼女はそう言うと、凛月と黒和くんを指でなぞった。
「…二人とも、私の大切な人なんだ。」
その言葉はどこか悲しげで、なんて話しかければ良いのか分からなくなった。
彼女はアルバムを閉じると、小さくため息を漏らした。
アルバムを机の上へ置きに行くと、その場でこちらを見た。
「…今日は大丈夫だったか?」
その質問をした彼女は、とても真剣な表情であり、アタシを試すようなそんな感じがした。
アタシはニュースの事を話すべきか悩んだ。
しばしの沈黙の後、アタシは覚悟を決めた。
「…実は、あるニュースを見たんです。」
「ニュース?」
彼女はスマホで調べようとした。
アタシはそれを取り上げると、ベッド横のテーブルに置いた。
「…そのニュースは、とある家族が殺人の容疑で捕まった内容だったんです。」
彼女は黙って聞いてくれている。
抱きつく力が、無意識に強くなる。
「…それで、殺された人は、アタシに夢を与えてくれた人で。」
あの日、玄関で血だらけになった男の姿を思い出しながら、話す。
「その人は、アタシにとっての希望だったのかもしれない…。
…そのことを知って、アタシはどうしようもなく腹が立ってしまったんです。
その、家族のことが、…無性に腹を立ててしまったたんです。」
「……そうか」
「……アタシ、アタシ!」
アタシは、嘘一つなく、ただ真実を述べ、泣き続けた。
彼女は黙ったまま、優しく抱擁してくれた。
そして、これまでのことを全て話した。
…黒和くんや、凛月千夏の事は伏せて、彼女に全て告白した。
川中太一&川中京香
ミハルの両親を名乗る男女。
川中商事の社長と社長婦人であり、現在赤字で借金までも抱えている。
ミハルが高く売れる事を知っており、高校へ上がるまで待っている。
また、もともとミハルとはただの親戚であり、血の繋がりは無い。
荒堅善五郎
借金取りの下っ端。
ミハルの事を気にかけていた人物。
これは、ミハルの事を自身の子供と重ねているためであった。
彼は、彼女について調べており、売られることを知った。
そこで、彼女の家へと向かい、そして…
おまけ
近藤忠文25歳。
プロ3年目。背番号、9番。
阪神の四番バッター、打率三割二分と、好打者である。
そんな彼の宿敵は、巨人のキャッチャー、凛月遊星。
凛月遊星29歳
プロ7年目。背番号、41番。
巨人のキャッチャー。現在は防御率2.4であり、かつては敗戦処理を任されるなど、あまり期待のされていなかった。
1年半ほど、ずっと2軍で投げていたが、この年から活躍するようになった。
そんな忠文にも、かつて幾度となく打たれていたが、今や肩を並べる存在であり、若きエースとも呼ばれた近藤忠文の、唯一の天敵として投げる。
そして、ついに夢にまでも見た完全試合を成し遂げるのだった。