四話『嘘をつかない君が好き』
二年生に上がったアタシは、今日も一人で帰宅していた。
家までの道のりが、あの日からずっと億劫でたまらない。
しかし、今日は家に誰も居ないことだけは、唯一の嬉しい要素だろう。
「……ただいま」
久しぶりにその言葉を言ってみたが、やはりただ虚しいだけだった。
自室に戻り、鞄をベッドに投げ捨てる。
制服を脱ぎ、部屋着へ着替える。
両親からつけられた痣を、姿見で確認する。
それをなぞってみたり、突っついてみたり、やることがないから、そんな無駄な時間を過ごす。
きっと今日も、無駄な一日が過ぎていくのだろうと思っていた。
その時、家の電話が鳴り始めた。
アタシはその電話に出るため、一階へ降り、リビングの扉の前に置かれた受話器を取った。
「…もしもし。川中です。」
『……なんだ?お前が出るたぁ珍しいな。』
その声を聞いて、あの日の連中を思い出した。
「…取り立てですか?…残念ですがあの人たちは外出中ですよ。」
『確かに残念な話だな。…外出する金があんなら、借金返済に当てろってな。』
男はそう言うと、小さく唸った。
そして男はしばらくして、用件を言うのだった。
ーーー次の日。午前9時半。
アタシは駅前のカフェに居た。
「またせたな、嬢ちゃん!」
そこへ、昨日電話をかけてきた男がやって来た。
「取り立ての時に会って以来だな!
店員さーん、注文お願いします!」
男は、珈琲とチョコメインのパフェを頼んだ。
「……どうしてアタシを呼び出したんですか?」
アタシはミルクティーを飲みながら、本題を急かした。
男は笑いながら、ジャケットの懐から一枚の紙を取り出した。
「…オーディション?」
「そうさ。…お前の部屋を物色してた奴が居てな、そん時にたまたま昔のノートを見たらしくて。
…それでぇ、お前の夢ってのを知ったんだよ。」
そう言うと、男は頬を掻く。
アタシはその紙を手に取り、じっと見た。
男は届いた珈琲と、チョコのパフェを嬉しそうに嗜んでいた。
「…俳優、オーディション…」
昔のノート。
それは、まだアタシに希望があった時のこと。
幼稚園で、先生が将来の夢を聞いてきたことがあった。
その時に本気でなりたいと思っていたのが、女優。
たまたま見たテレビドラマで、女主人公を演技する女優さんに憧れたアタシは、演技の練習を、親にバレないようにしていた。
結果としては、その事を親にバレてしまい、酷い体罰を受けたのだった。
「……アタシはもう、諦めてるので…」
見ていた紙を、テーブルに置いた。
「本当に諦めたのか?そんなの、やってみないと分からないだろ?」
男は何故か、悲しそうな顔をする。
「俺は見てみたいけどなぁ。…お前が演技している所。」
アタシの事を、何も知らない彼に、アタシは少し腹を立てた。
「やりたくてもできないんですよ…」
アタシは俯いて、小さくそう言った。
男はそれを聞き逃さなかった。
「あいつらに人生を決められて良いのか?
俺だったらやりたいことをしてやるぜ。俺の人生は俺のモノだ!つって。」
「アタシだって、やりたいことしたいですよ…!
…でも、ダメなんですよ。…アタシは、幸せになっちゃダメなんです。」
「それは逃げだな。」
男はあっけらかんと言った。
「は?」
「…それはお前を、お前自身が閉ざしちまってんのさ。」
男は新しいスプーンでパフェをすくうと、こちらに向けてきた。
「自身の可能性を、お前自身が否定してんだから、あんなクズどもの言いなりになってんだよ。」
スプーンをずいっと差し出してきた。
アタシはそれを口に入れる。
「自分の可能性を、お前が信じてやんなくて、誰がお前の可能性を信じてくれんだ。」
そんな事を言いながら、彼はパフェを口にする。
ーーー
「オーディション…」
あのあと、男は電話で呼び出しを受けたようで、慌てて去っていった。
取り残されたアタシは、一人で残ったミルクティーを飲んでいた。
「ミハルか?」
突然話しかけられ、アタシはむせた。
「大丈夫か?!」
「く、黒和くん…!」
まさか会えるとは思っていなかったアタシは、吹き出してしまったミルクティーを拭き取る。
「その紙は?」
アタシはびしょ濡れになった紙を持ち上げ、アハハと笑う。
「らしくないよねぇ。アタシには無理だよ。」
その紙を破ろうとしたとき、黒和くんに止められた。
「ミハルならやれると思う。」
「えっ?」
アタシは少し嬉しかったが、お世辞だろうと考え、笑って見過ごそうとした。
しかし、彼はアタシの手を握ると、目を見てきた。
「いや、絶対に向いてる。ミハルなら叶えれると思う!」
「え…で、でも…」
「ミハル。…お前はお前のやりたいことをするべきだよ。」
その言葉により、アタシは悩みを生じてしまった。
「……そ、そう言えば黒和くん、今日はどうしてここに?」
「ん?あぁ、今日は母さんと妹がこっちに来るって言うから、それを待ってるんだ。」
「妹居たの?!」
全く知らなかった。
と言うより、彼は家族のことを周りには一切口外していないため、家族構成というものが一切不明なのだ。
「まぁ、居はするって感じだけどな。
実際、俺だって今日初めて会うんだよ。」
「へ、へぇ…」
彼の家族構成が気になって仕方がないが、彼が口外していないことから察するに、きっと複雑な理由があるのだろう。
「なぁ、妹が来るまで、一緒に居てもいいか?」
突然の申し込み。アタシはためらったが、誰かと居るほうが心が落ち着くと感じたアタシは、その申し出を了承した。
向かいの席に座った黒和くんは、適当にアイスコーヒーを頼んでいた。
「ミハルはどうしてここに?」
「…えっと、久しぶりに出かけたくて…?」
「なんで疑問形なんだ」
冷静にツッコまれてしまった。
彼は「そうか」と言うと、一つのチケットを取り出した。
「もし暇なら、一緒に映画でも観に行くか?」
「これって…」
偶然だった。
かつてのアタシが、憧れた女優が主演をする映画のチケット。
初めてのアクション映画を全力でやった、とSNSで宣伝していたことを思い出す。
「そのチケット、実はもう一枚あって、ペアチケットなんだよ。
だから、俺一人でこのチケット使うより、誰かと一緒に使ったほうがお得だと思うんだ。」
「……アタシなんかでいいの?」
「…なんかってのはよくわからないけど、俺はお前となら楽しく見れると思ったよ。」
…少し、いやかなり嬉しい。
だが、彼がアタシに抱いているその姿は、ただの理想。
本当のアタシは、彼が嫌いな嘘つきで…
「…嫌か?」
不安そうに見てくる彼を見て、アタシは笑ってみせた。
「…ううん、一緒に見たい!」
もし本当のことを言うのなら、もう少しあとでも、許されるよね?