二話『嘘でも隠せない』
喧嘩をしたところを先生などの大人に見つかり、凛月千夏だけが処分をくらった。
アタシは被害者だからと、先生達によって許された。
しかし、アタシ自身は罪悪感に苛まれる結果となり、アタシは露骨に彼を、黒和優咲を避けるようになっていた。
何度か話しかけてこようとしていたが、アタシはそれを避け続け、気づけば凛月さんは転校していて、アタシに話しかけようとしていた黒和くんは、周りからのいじめに耐えるので精一杯のようだった。
アタシも、心が苦しくなり、話しかけようともしたが、何故かそれが出来ずにいた。
そして、気づいた時には、アタシ達は中学へ進学しており、接点がなくなっていた。
「千夏ぅ…、ノート見せてぇ〜」
席から外をぼーっと眺めていると、おさげの女子が話しかけてきた。
「…栗栖、授業はちゃんと受けなよ。」
「えへへ、滅相もねぇですぅ」
アタシの注意を、ノートを受け取りながら、悪びれず謝罪をする。
彼女の名前は、飯田栗栖。
中学に上がってから知り合った、今のアタシの唯一の親友だ。
「そう言えばさ、1の4にいる黒和くんって知ってるぅ?」
「…うん。……うん?」
不意打ちだった。
中学では関わるのを辞めていたのに、まさかその名を親友が言うとは思っても見なかったアタシは、明らかに動揺してしまった。
「…し、知らないケド?」
無理のあるその返しに、彼女はニヤニヤしながら尋ねてきた。
「そっかぁ〜、…もしかして、黒和くんのこと好きなんだ?」
「ち、違うから!」
必死に弁明したが、栗栖は笑い飛ばした。
「冗談だってばぁ〜!何ムキになってんのさぁ〜!」
「ご、こめ…」
「謝んなくていいよ。変なこと聞いちゃったボクが悪いからさ。」
彼女はアタシの口をつまみながらそう言った。
「…でも、どうして聞いてきたの?」
アタシの問いに、彼女は「いやぁ」と言いながら、言い渋っている。
そんなアタシ達に声をかけてくる男子生徒たちが来た。
「黒和はやめとけよ栗栖。」
「そうだぜ、アイツなんか選ぶよりも、俺を選んだほうが良いぜ。」
突然そう言われ、アタシと栗栖はそいつらを見る。
そこにいたのは、一軍と呼ばれるゲスの連中がいた。
その中にいた一人の男に、アタシは睨みつけた。
そいつはニヤニヤしながら近づいてくる。
「よぉミハル。陰気な女が居ると思ったら、お前だったんだな。」
その男は、かつて黒和くんをいじめていたグループの仲間だった。
「どうしてやめたほうが良いの?」
栗栖が彼に対してどんな感情を向けているのかは知らないが、余計なことを聞かせたくなかった。
アタシは彼女の手を取り、教室を出ようとした。
「黒和はな、女子生徒に手、出したんだよ!」
「…っ!!」
教室から出る前に、大声でそいつは言った。
その時、怒りが一気に爆発したアタシは、近くにあった黒板消しクリーナーを手に取り投げつけた。
男子生徒たちはたじろぎ、怒鳴ってきた。
アタシは栗栖の制止を聞かず、そいつの顔面をめがけ殴りかかった。
「っ!!!」
パシッという音とともに、アタシの拳は止められていた。
「…暴力はダメだ、こんな奴に、ミハルの手を汚すんじゃない。」
その声が、アタシを冷静にさせた。
「…黒和くん。」
アタシの拳を止めたのは、黒和くんだった。
「な、なんだよ、助けてぇなんて言ってねぇぞ!」
殴りかかったとき、恐怖で顔を歪めていた男が、イキり始めた。
黒和くんはもう慣れっこなのか、それを無視して、そのまま去ろうとした。
「黒和くん…、ごめんなさい。迷惑かけちゃって…」
「…ミハルが謝ることじゃないよ。」
それだけ言うと、彼は周りの目を気にもとめず、そのまま去っていった。
「黒和くん…、やっぱかっこいいなぁ…」
隣で栗栖がそんな事を言った。
その時だ、アタシの胸の奥が熱くなったのを感じたのは。
「い、今なんて…」
「んえ?…黒和くんカッコいいって…」
「…そ、そうなんだ…」
「どしたの?」
栗栖は頭を傾げながら、心配そうに見てくる。
アタシは頭が痛いからと、保健室へ行くことにした。
ーーー保健室…
アタシはベッドで横になったまま、スマホをいじっていた。
その最中も、胸がドキドキと鼓動している。
(変だな…アタシ)
今は体育の時間かと考えながら、胸を押さえる。
ずっと鳴り響く心音に、そろそろ我慢ができなくなってきたその時、保健室へ入ってくる二人組が見えた。
アタシはカーテン越しに、その二人を見た。
(黒和くん!?)
一日に二度も見ることになるとは思わなかったアタシは、布団を深くかぶる。
「先生、南川が捻挫したみたいなんで、見てやってください。」
「また捻挫したのか、南川…」
「すみません…。黒和も悪いな、ここまで運んでもらっちって…」
「気にすんなよ、困った時はお互い様だからな…」
南川という男子生徒は、「黒和…!」と嬉しそうな声で言うと、黒和くんに抱きついた。
その光景を見ていたアタシは、無性に腹が立ってしまい、南川とかいう奴に、殺意を送ってしまった。
「な、なんかいきなり寒気が…」
「なんだ、もしかして風邪か?」
黒和くんがこっちを見た気がしたアタシは布団の中へと逃げ込んだ。
「…他にいるんですか?」
「あぁ、一年の女子生徒がな。」
「そうだったんすか…。南川がうるさくて、すまなかったな。」
黒和くんは謝ると、保健室を出ていった。
しばらくすると、南川という男も保健室を出ていった。
ベッドから身体を起こすと、カーテンを開き、室内を見渡す。
どうやら、南川が出る時に、先生も一緒に出ていったようだった。
保健室の窓から、外を見てみる。
自身のクラスと、黒和くんのいる4組が合同で体育を行っている。
いつも遠目で見ていた彼を、久しぶりに間近で見たことで、一時的に胸が鳴っていただけで、こうして遠くから彼を見る分には普通に見れ…。
…知らない女子が彼と親しそうに離している。
「…………」
沸々と何かが湧き上がってくる。
怒りか、それとも嫉妬か…
アタシはその女に、言い表せない感情を抱く。
そんな彼自身は、愛想笑いのようなもので、感情がこもっていないことを遠くからでも確認できた。
少し心を落ち着かせると、アタシは保健室を出た。
風に当たるために、渡り廊下の手すりに座った。
今日はちょうどいい風の強さで、心地よく感じていた。
(………今日のアタシ、ずっと変だな…)
ふとそんな事を頭がよぎる。
今までにないその感情に、今日は振り回されてばかりで、とても疲れた。
「おっす〜サボり魔め〜。」
給水器へ行った帰りだろう栗栖が、アタシに話しかけた。
彼女はタオルで汗を拭い、アタシの隣に座った。
「暑いねぇ〜…。」
「…そうだね。」
しばらくの沈黙が続いたアタシ達は、空を眺めた。
「…黒和くんと何があったの?」
先に沈黙を破ったのは、栗栖だった。
しかし、アタシはそれに応えることができなかった。
アタシの小学時代のことを、彼女にはまだ話していないのだ。
「言えないことをしたの?」
彼女は感がとてもいい、そのため、バレるのも時間の問題かと考えたアタシは、躊躇ったが話すことにした。
「実はね、アタシ。…小学生の時に、彼を裏切っちゃったの。」
「…裏切ったの?」
「うん…。彼はさ、嘘が嫌いな性格でさ、周りから正直すぎるから嫌われてたの。
…アタシ自身も、彼のそういう所、本当に嫌いでさ。
でもまぁ、それでも彼はアタシにとっての、憩いの存在たったからさ、それ我慢して一緒に居たんだよね。…でも。」
「……」
栗栖は黙って真剣な表情で聞いてくれている。
アタシは一息つくと、話を続けた。
「…でも、彼の幼馴染にアタシの悪い所バレちゃって。
…それで、その幼馴染と喧嘩して、気づいたんだよね…。
アタシは、彼にふさわしくないんだって…」
「だから…」と言いかけたとき、一人の男子生徒がアタシと栗栖に話しかけてきた。
「こんなところで何やってるんだ?」
そちらに顔を向けると、黒和くんだった。
「黒和くん!?」
栗栖が慌てて弁明しようとしていたが、その必要はなかった。
「何の話をしてるのか知らないが…。
栗栖、先生が怒ってたぞ。遅いって。」
「あ!そ、そうだろうね!」
栗栖は走ってグラウンドへ走って行った。
「…黒和くん…、さっきの話は…」
「…なんのこと?」
とぼけているのか、本当に聞いてなかったのか、彼の顔を見ても分からない。
アタシは何でもないと話を打ち切ると、保健室へ向かおうとして、手すりから降りようとした。
その時、草むらから飛んできた虫に驚いたアタシは、足を滑らせてしまった。
手すりからお尻が落ち、重力により後ろへと引っ張られるその身体は、勢いよく地面へと向かった。
手を伸ばしなにかにつかまろうとしたが、それは叶わなかった。
これは、プライドのために黒和くんを傷付けたアタシへの、神様からの罰なんだと思い、そのまま落下する、アタシはその罰を受けるため、目を閉じその時を待つのだった。
飯田栗栖
おさげの女子生徒。
川中ミハルとは、入学式の時にたまたまぶつかり、知り合った。
それからずっと親友。
友達思いで、誰にでも優しい彼女は、黒和優咲に好意を示している。
そんな彼女の性格は、おっとり。穏やか。
南川泰造
足を捻挫した男子生徒。
中学時代の、黒和の友達。
優しさの裏には何があるのか?