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優しい卑屈君と無口な素直さん  作者: 宙色紅葉(そらいろもみじ) 週1投稿


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5/14

卑屈な勘違いと素直な解答

思ったより時間かかっちゃいました

<(_ _)>

 勘違いだらけのデート後。


 帰宅した坂田はモゾモゾとベッドに入り込んで思い悩み、ちょっぴり後悔していた。


『キス、してもらえばよかったかもしれない』


 鈴木が柔らかい唇を尖らせる姿がポワンと脳裏に浮かんで、つい口元がにやける。


 坂田は女性とのキスに興味があったし、何より、自分では気がつかないようにしているだけで鈴木が好きだ。


 そのため、既にキスをされていた頬や額を押さえては、やっぱり拒絶しなきゃよかったかも、なんて考えていた。


『そういえば俺、お金払わないで出てきちゃったな。鈴木さん、大丈夫だったかな。明日学校であった時に飲み食いした分を渡さないと。でも、会うのは正直気まずいよな。大体、どうして鈴木さんは俺でキスの練習なんて!』


 炭酸水の泡のように悩みや後悔がポコポコと湧いて脳や喉元にせり上がってくる。


 しかも質の悪いことに、せり上がってきた悩みたちは簡単には消えてくれず、しばらく坂田の中で流れるプールのようにグルグル巡っていた。


 坂田が毛布の中に閉じこもって顔面を熱くしたり、反対に冷たくしたりして一人で騒がしくしていると、不意にスマートフォンが音楽を流しながら細かく揺れ出した。


 眠っている人間すら起こしてしまう着信音に坂田が気がつかないはずもない。


 坂田はビクッと体を縦に揺らした。


『タイミング的に、もしかして』


 毛布から手だけを出し、モソモソと辺りをまさぐってスマートフォンを引き寄せる。


 ロック画面に表示されていたのは鈴木の名前だった。


『出たくない』


 反射的にそう思ったが無視をするわけにもいかなかったので、坂田は六コール目くらいで電話に出ると、

「もしもし?」

 と、声をかけた。


「あ、坂田君。出てくれてよかった」


 スマートフォンに備え付けられたスピーカーの向こう側から、鈴木の不安そうな、けれど少し安心したような声が聞こえてきた。


 いずれにしろ、鈴木の声からは坂田を気遣っているような雰囲気が感じられる。


「坂田君、今日はごめんね。急にキスは良くなかったよね。がっつき過ぎた。反省した」


「うん、いや、まあ、別に未遂だから大丈夫なんだけれど、ただ、その、練習とはいえ流石に好きでもない男子にキスをするのは良くないんじゃないかな、なんて、俺は思うんだけど」


「練習?」


「うん、練習。その、さ、あの……上田にしたかったんでしょ、キス。告白の練習まではいいけど、キスまでしちゃうのは良くないと思う」


「告白の練習にキスの練習? そんなことして、どうするの」


 至極真っ当な鈴木の疑問に坂田がムッと口角を下げる。


「俺に聞かないでよ。スムーズに言葉を出せるように、一回練習しておきたかったんじゃないの? 鏡に向かって言うんじゃ不足だと思ったから、わざわざ俺を呼び出して練習台に使ったんでしょ」


 噛み合わない会話やとぼけて見える鈴木の態度に苛立ち、少し声を荒げる。


 しかし、話が通じ合っていないように感じるのは鈴木も一緒だ。


 彼女は画面の向こうでしきりに首を傾げ、困惑していた。


「いや、だって、いくら練習って言っても本人を相手にしてるんじゃ意味ないでしょ。ねえ、坂田君、ずっと思ってたんだけど、坂田君、何か勘違いしてない?」


「勘違い?」


「そう、勘違い。もしかして坂田君、私が上田君のことを好きだと思ってる?」


「思ってるけど、それが勘違いってことは鈴木さんが好きなのは上田じゃないの? そしたら誰だろ。田中? 最上? 里原?」


 別クラスの人間や鈴木の親せきなど、彼女が恋に落ちそうな人間を考えればキリがないが、自分に近づくメリットがある相手となると、多少は絞り込むことができる。


 坂田が記憶を巡らせながら複数人の男性の名前を挙げていると、画面の向こうで鈴木が口をつぐんだ。


「坂田君」


 坂田が思い付く限りの人間の名前を出し終えて一時的に黙ると、交代するように鈴木がポツリと言葉を出した。


「何?」


「いや、だから、坂田君は? なんで候補にすらいないの」


「え? いや、だって、自分からそういう候補に名前出したりはしないでしょ。大体、俺? ないない。期待させておいて後から下げるのはやめてよ。俺に俺目的で近づいてきた女子、今まで一人もいなかったもん。期待したことはあれど、叶ったことはないよ、俺は」


 スマートフォンに耳を当てたまま、坂田がブンブンと片手を振ってケラケラと自嘲ぎみに笑う。


 少し目尻に浮かんで見える涙は見間違いだろう。


 なお、鈴木の方は少しも笑っていなかった。


「そっか、坂田君狙いの女子は今までいなかったんだね。それは安心した。でも、私は坂田大和君狙いだから」


「んぇ? 坂田大和狙い。坂田大和は多分、学校で一人だから……俺、狙い? ん? あれ? え? 鈴木さん、俺が、好き、なの? 本当に?」


 思わずスマートフォンを両手で包み込み、コソコソと内緒話でもするように声を潜めて問いかける。


 呼吸の音すらも小さくして慎重にスピーカーから音を拾おうとする様子は、まるで身内が事故に遭ったと知らされた時のようだ。


 それだけ緊張して、坂田は真剣に鈴木に問いかけた。


 すると、鈴木はアッサリ、「そうだよ」と頷いた。


「私は何か月か前から、ずっと坂田君が好き。だから坂田君のことを見ていたし、坂田君の写真も欲しいと思ったし、お喋りしたいと思った。キスもして、手だって繋いでみたかった。見飽きることができないほど坂田君の姿が好きで、聞き飽きることができないほど坂田君の声や言葉が好き。坂田君の優しくてのんびりした性格が好きで、もっと目まぐるしく変わる表情を見ていたい。私は、ずっと坂田君の隣を歩いていたいよ」


 はっきり告げられて坂田がヒュッと息をのむ。


 ギュッと縮こまる心臓に反して鳴り響く音は大きく、背中にはダラダラと冷や汗をかいているのに体の内側は熱くて堪らなかった。


 口内もカラカラに乾いて仕方がない。


 再度告白されるという、まあまあ熱いイベントだが、坂田はすっかり追い詰められたようになって困り果てていた。


「坂田君、ゆっくりでもいいから、何で私が上田君のこと好きだと思ったのかとか、どういうつもりで私に付き合ってくれてたのかとか、教えてほしい」


「付き合ってた!? えっと、俺、そういうつもりじゃなくて!」


「分かってる。今のは私も言い方が悪かった。そうじゃなくて、どうして私に写真くれたのかとか、お喋りとかお出かけに付き合ってくれたのかとか、そういうのを教えてほしい。ちゃんと聞くから、話して」


 起こっている出来事があまりにも予想外で、どうしても焦ってしまう坂田だったが、鈴木に声をかけられて少し落ち着くことができた。


「長くなるけど大丈夫?」


「うん、平気。私、坂田君の声が好きだから、何時間でも聞いていたい」


「う、うん。分かった。でも、俺もできるだけ簡潔に話すから」


 好きと言われる度にピョコンと跳ねる心臓を押さえつけて坂田はモソモソと口を動かす。


 そうして、これまでに起こった出来事や鈴木に抱いていた勘違いの内容を話していった。


 言葉を重ねる度に自分が負の過去に囚われた拗らせ思考をしていたのだと気がつかされる。


 話し終える頃には坂田は恥ずかしくて堪らなくなっていた。


「坂田君」


 しばし、痛いほどの沈黙が場を支配した後、何かを考え込んでいたらしい鈴木が口を開く。


 坂田は緊張してゴクリと生唾をのみながら「はい」と返事し、鈴木からの言葉を待った。


 しかし、鈴木からかけられた言葉は呆れの言葉でも怒りの言葉でもなく、

「もしかして坂田君、今、赤面してる?」

 という、頓珍漢なものだった。


「顔が熱いから、多分してると思うけど」


 頬に触れ、自身の熱を確かめながら坂田が言葉を出す。


「写真、欲しい。自撮り」


「俺の!? 嫌だよ、恥ずかしい! 俺、今髪の毛グチャグチャだし、よく分かんないパチモンみたいなキャラクターのトレーナー着てるし、多分、顔も真っ赤だし」


「パチモントレーナーに寝癖だらけの赤面? 物凄くレアだね。ぜひ欲しい」


「駄目だってば!」


「欲しい」


「駄目!」


「酷い」


 強く拒否されて、しょぼんと落ち込む鈴木に坂田がフン! と鼻を鳴らす。


 威張っていいのか、恥ずかしく思い続けるべきなのか、あるいは訳の分からない勘違いで鈴木を振り回したことに罪悪感を覚えてしおらしくしておくべきなのか。


 坂田には何も分からなかった。


 何も分からないから、勢いでふんぞり返っておいた。


「ねえ、坂田君」


「今度は何? 鈴木さん」


「坂田君は、今日の私の告白、上田君に告白する練習だと思ったから、あっさり頷いてくれたんだよね」


「うん、そうだけど」


「それなら、私が坂田君に向けて告白したんだって知ってたら、返事は変わってた?」


 恐る恐る問いかけられて、坂田の脳の動きがピシリと固まる。


「うん、ごめんね」


 頷くと画面の向こうで鈴木も一瞬だけ固まって、それから、「そっか」とだけ言葉を漏らした。


「別に鈴木さんが嫌いなわけじゃないんだ。ただ、俺は絶対に告白とかされないだろうなって思ってたからビックリしちゃって。それに、俺、まだ恋愛感情がよく分かってないんだ。鈴木さんは素敵な女の子だと思うし、少なくとも友達としては好きだと思う。でも、だからこそ、こんなあやふやな状態で付き合っちゃ駄目かなって思うんだ」


 坂田は、おそらく鈴木が好きだ。


 だが、どうせ上田が好きなんだろ! と、不貞腐れて鈴木への感情を無視していたことや彼自身、恋愛的な好きを理解しきれていないことが関係して、坂田は自分の感情に非常に鈍感になっていた。


 そんな彼にとって、「鈴木は好ましいが好きかどうかわからない」は、紛れもない彼の本心だ。


 そのため、坂田は自分自身と鈴木のために告白を断った。


 鈴木の返事を待つ間、トクトクと心臓が音を立て、冷や汗を流す。


 少し時間をおいて届いた彼女の返事は「そっか」という、妙に素っ気ないものだった。


『振られるかな』


 先に振ったのは自分自身であるのに、坂田は漠然とそんなことを思った。


 簡単に諦められてしまうのが寂しい我儘な心が疼いて、反面、きちんと断れたという誇らしい気持ちが心臓に張り付いていた霧を晴らす。


 ただ、どうにも後悔がちなモヤは脳の片隅に張り付いたままだった。


「ねえ、坂田君、それなら友達として始めない?」


「友達?」


「そう、友達。坂田君にもう少しだけ私のことを知ってほしい。それで、もしも坂田君が私のことを好きになってくれたら、すごく嬉しい」


「いいけど」


 言い淀む坂田に鈴木がホッと安堵のため息を吐く。


「良かった。それなら、明日からよろしくね」


 ニコニコと笑って、またね! と通話を切ろうとする鈴木を坂田が「待って」と声をかけて引き留めた。


「どうしたの?」


「鈴木さんはいいの?」


「何が?」


「いや、だって、俺、その、必ず鈴木さんを好きになる保証はないし、その、俺みたいなの追ってるくらいだったら……」


「それは、遠回しに友達にもなりたくないって言ってるの? 坂田君が嫌なら従うよ。私に好きな子を苦しめる趣味はないから、それなら潔く諦める」


「いや! そうじゃなくて、だって、時間の無駄にしちゃうかもって」


「それは坂田君が気にすることじゃないよ。私は彼氏という存在がほしいわけじゃなくて坂田君がほしいから。だから、時間の無駄とか、そういうのは気にしない。追うだけ追えるなら本望だと思うから。でも、気にしてくれてありがとうね。坂田君が嫌じゃないなら、明日から坂田君が好きな友達として、よろしく」


「よ、よろしく」


 坂田が少しどもりながら返事をすると、鈴木は画面の向こうで心底嬉しそうに微笑んだ。


 再び通話を着る間際、「あ! そうだ!」と鈴木が声を弾ませた。


「明日から、できたら私のことは菜緒って呼んでほしい。私も坂田君のこと、大和君って呼ぶから」


「分かった。じゃあね、菜緒ちゃん」


「じゃあね、大和君」


 名前を呼び合って、本当に通話を切る。


 一時間以上にも及ぶ長話をしたせいか喉が渇いて、名前を呼び合ったせいか互いに顔が真っ赤になっていた。

いいねや評価、感想等いただけると大変励みになります!

また、マシュマロにて感想や質問も募集しております。

よろしければ宙色にマシュマロを食べさせてやってください(以下、URL)


https://marshmallow-qa.com/2l0jom2q3ik0jmh?t=5b9U2L&utm_medium=url_text&utm_source=promotion


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