卑屈な勘違いの生んだ絶望
久々に予約投稿できた!
鈴木と連絡先を交換した二週間後の週末。
坂田は大きな映画館の前で突っ立って、鈴木を待っていた。
『服、こんなもんでよかったのかな』
普段、通学時に着用している真っ黒いコートを見下ろして首を傾げる。
分厚い布の中身も真っ黒なパーカーとジーンズで、靴も通学用の砂埃にまみれた薄茶色いスニーカーだ。
高校生らしいと言われればそうだが、非常に地味で面白みのない格好は、お世辞にもデートで用いるのに適しているとは言えない。
『別に、俺だってジャケットくらい持ってるし、頑張ればもう少しオシャレになれたけど、でも、別に今日はデートだけどデートじゃないっていうかさ』
連絡先を交換して以来、アプリ上でも学校でも積極的に話しかけてくることが増えた鈴木に、坂田は映画館デートを申し込まれていたわけなのだが、どうにもこうにも、捻くれてしまっている坂田は素直に彼女の言葉を受け取れない。
どうしても裏読みや深読みをしてしまう。
そのため、坂田は普段から鈴木が自分にやたらと構ってくる行為を、
「上田の親友である坂田の好感度を上げることで、さりげなく上田にも自分自身をアピールするための行動」
だとみなしていたし、デートのお誘いについても、
「上田とのデートの予行練習」
だと考えていた。
だからこそ、坂田は鈴木と楽しく会話をするたびに、
「でも結局、こうやって俺とお喋りするのは上田の為で、ほんの少しでも会話を楽しいと思っているのは俺だけなんでしょ」
と、後から不貞腐れてしまっていたし、今回のデートについてもメッセージでは、
「楽しみだね」
なんて話す反面、心の内ではすっかり拗ねてしまっていて、彼女のためのオシャレなんかをすっかり放棄していた。
『寒い。先に映画館に入っちゃおうかな』
ピュゥッと冷たい風が吹き荒れる屋外で坂田が迷っていると、少し遅れて映画館にやってきた鈴木が小走りになって彼の元までやってきた。
「待たせてごめん。寒かったでしょ」
モフモフのマフラーから覗く鼻の頭と目元を真っ赤に染めた鈴木が、少し荒い吐息を溢しながら不安そうに坂田の顔を覗き込む。
走った影響か、あるいは道中で風に吹きつけられた影響か。
せっかく綺麗にまとめたストレートヘアからはアホ毛が飛び出て、装飾の花のピンも落ちかけていた。
だが、それでも上目遣いになって坂田を覗き込む鈴木の姿は、あざといとすら思ってしまうほど愛らしかった。
『俺なんかに媚売ってないで、さっさと上田を狙いに行けばいいのに』
不安そうに眉を下げてポツリと問いかけてくる表情もそうだが、真っ白なポンチョに真っ黒く丈の短いキャロットパンツ、デニール数の高いタイツにモコモコの飾りがついたブーツという服装も可愛らしくて堪らない。
坂田はドクンと大きく心臓を鳴らすとともに、鈴木をかわいいと思ってしまったのが悔しくて、無性に彼女が憎たらしくなって、心の中でケッと毒づいた。
そして、その反面、けっこう外面の良い坂田はトゲトゲとした心を内側に押し込むと、
「大丈夫だよ。服、似合ってるね。可愛いと思うよ」
と、ニッコリ笑って彼女をフォローした。
二人並んで歩いて映画館に入り、チケットやポップコーンを購入して指定された席に着く。
『俺が見たい映画でいいって言うから、これにしたけど、鈴木さん、これ、面白いのかな?』
真っ暗なシアターで上映されている映画は最近話題になったアクション映画で、かつシリーズ物だ。
シリーズの途中から見始めても十分、楽しめる内容とはなっているが、そもそも物静かな女子生徒の鈴木がアクション多めのダークヒーロー物を楽しむことができるのか、甚だ謎である。
『俺だって、デートの予行練習とかいう舐め腐ったイベントに休日を潰されてるわけだし、映画の内容まで忖度するつもりはないけど、でも、流石に興味ない映画に二時間も付き合わせるのは少し罪悪感があるんだよな』
既に上映開始から三十分ほど経過しているわけであるし、今さら映画選びを悔やんでも遅いのだが、それでも鈴木の様子が気になって、坂田はチラリと彼女の表情を盗み見た。
しかし、不安そうに目線をやる坂田の不安とは反対に鈴木は無表情がちな瞳を輝かせ、食い入るように画面を見つめている。
『あ、良かった。意外と楽しそう』
ホッとするのも束の間。
坂田と同様に相手の様子が気になった鈴木が彼の顔を覗き込む。
目が合った途端に鈴木が優しく笑ったから、坂田は顔を真っ赤にして少しの間だけ映画に集中できなくなった。
映画鑑賞後、昼食と休憩を兼ねて二人はカフェに訪れていた。
軽食と呼ぶにはボリュームの大きい食事を提供する、この店は、チェーン店ではあるが静かな雰囲気で、軽い会話を楽しむのに憚られることも無いが、落ち着いて作業するのにも不便の無い居心地の良い空間だ。
店を知っていたのは鈴木で、彼女に連れられてカフェまでやって来た坂田は、
「カフェってお洒落だし、なんか格好良いよな。意外と居心地いいし、俺もたまには家を出て、こういう所で、本を読んだりゲームしたりしようかな」
なんて考えて店内を見回していた。
「映画、楽しかったね」
二人掛けの席で坂田の対面に座った鈴木が、ホットカフェラテを啜りながら、ほんのりと笑う。
坂田はコクリと頷いた。
「面白かったなら良かった。鈴木さんはさ、普段から、ああいうアクション映画とか見るの?」
「ううん。あんまり見ないよ。そもそも、映画自体あんまり見ない。でも、今日は楽しかったから、たまにはいいなって思った。坂田君は、よく映画を見るの」
「見るよ。映画を見ること自体好きだし、映画館も好きなんだ。大きなスクリーンに映し出される迫力の映像も、お腹に響くような音響も、映画館に売ってるポップコーンも。そういうの好きだからさ、たま~に、特に好きな映画が上映された時だけ、映画館に行くようにしてる」
「そっか。それなら、また何か面白そうな映画が上映された時は一緒に見に行こう。坂田君が見たい映画があるなら付き合うし、もしも私に見たい映画ができたら、その時は付き合ってくれると嬉しいな」
鈴木が照れたように目元を赤らめる。
坂田の心臓がドギッと鳴って汗をかいた。
『どうせ、上田と付き合ったら俺なんかとは絶縁する勢いで疎遠になるくせに』
鈴木と一緒にいるとドキドキと甘くなったり、キュンと酸っぱくなったり、あるいはジクジクと苦くなって萎んだりする心臓だ。
今回の坂田は鈴木の言葉に不貞腐れて心臓をトゲトゲにすると同時に心の内で文句を垂れたが、睨みかける目元を必死に和らげ、口角の下がりかける口元を緩ませると、
「いいよ。また今度ね」
と、笑って心にもない言葉を述べた。
映画の感想を言い合ったり、何気ない日常の出来事を話したり、他愛のないが楽しくて堪らない会話を続けていれば、すぐに軽食がテーブルに並ぶ。
食事をとる間は基本的に静かで、たまに坂田を撮る鈴木のスマートフォンのシャッター音ばかりが二人の間に響いた。
「ねえ、坂田君」
食事を終え、ひとしきり腹を膨らませてリラックスし始めた頃、急に鈴木がモジモジと身じろぎをし、姿勢を正し始めた。
「ソワソワしてどうしたの? 鈴木さん」
緊張した様子の鈴木につられて坂田も少しだけ神妙な面持ちになり、それからキュッと姿勢を正す。
「えっと、あの、こういうの初めてだから、少しだけ待って」
曖昧に言葉を出す鈴木は俯いて、真っ赤に染まる頬とモニモニと言い難そうに動かした唇を隠している。
だが、やがて顔を上げると赤面したままで真直ぐに坂田の顔を見つめた。
口数の少ない鈴木の表情は顔が赤くなっているだけで無に近かったが、それでも坂田を見つめる目つきは真剣だ。
「坂田君、私、坂田君が好き。だから、坂田君さえよければ付き合ってほしい」
鈴木の声は基本的に大人しめで小さいが、告白だけは凛とした声でハッキリ述べられていて、一字一句違わず坂田の耳に届いた。
しかし、真っ赤になって汗をかきながら告白をした鈴木に対し、坂田の顔色や瞳は酷く冷え切っている。
おまけに、
『なるほどね、映画館で良い感じになって、その後にカフェで告白か。悪くないんじゃないかな』
なんて、生まれて初めての告白を受け取ったにしては冷淡で他人事過ぎる乾燥まで抱いていた。
それもそのはず、坂田は今回のデートを、上田とのデートの予行練習として受け止めていたから、
「鈴木は坂田で上田への告白の練習をした」
と考えていたのだ。
卑屈というか、疑いすぎというか、もはや手の付けようがないほどに拗らせた坂田の思考回路だが、それも、これまで女性たちから受けてきた無神経で悲しい仕打ちに対抗するために身に着けた武器なのだと考えると、多少は仕方のない側面もあるのだろうか。
何はともあれ、坂田は鈴木からどんな言葉をかけられようと、彼女の想いを真直ぐに受け取ることができない状態になっており、当然ながら告白も本気にしていなかったのだ。
『練習だから、多分、頷いた方がいいんだろうな。それにしても、俺に気を遣って坂田って呼んでくれたんだろうけど、俺だって練習だって分かってるんだから、そのまま普通に上田でよかったのに。下手に自分の名前を呼ばれると俺が告白されてるんだって勘違いするから、やめてほしい』
坂田は照れて赤くなる頬を掻くと鈴木を見つめ返した。
「俺も好きだよ、鈴木さん。こちらこそ、これからよろしくね」
変に熱を込めれば恥ずかしい思いをするのは自分の方だと分かっているから、坂田は淡々としたつもりで返事をしたが、それでも言葉を出せばカッと体中が熱くなって仕方がなかった。
激しく鳴り散らかす心臓に、「うるさいぞ!」と文句をつけながら鈴木を見つめ続ける。
すると鈴木はパァッと表情を明るくして、それからガタッと勢いよく席を立った。
「本当?」
キラキラと輝く瞳が坂田の卑屈な目を捕まえて問いかける。
ジリジリと自分の方へ歩いてくる鈴木に、坂田はコクリと頷いた。
「本当だよ。ところで鈴木さん、あの、なんか近くない?」
「うん。だって、嬉しくて。ねえ、坂田君、キスしたい」
「え!? キス!?」
狼狽える坂田を無視して、鈴木は更に彼ににじり寄っていくと軽く屈んだ。
それから、座っている坂田と目線を合わせて、今度は彼の顔へ自分の顔を徐々に近づけていく。
やがて、鈴木は至近距離に自分の顔を坂田へ近づけると、彼の頬にポンと押すようなキスをした。
『やわらかっ! え!? なんで俺に!? 練習するって言っても、これはやりすぎっていうか、だって、え!? あれ!? 鈴木さん、ファーストキスの相手とか気にしない人なの!?』
抵抗した方が良いのだろうと思ったが、甘い香りと柔らかい唇に脳が痺れて動けなくなる。
チラリと見えた鈴木の瞳が酷く発情していて、もう少しだけ受けていたような、やはり拒絶しなければならないような、曖昧な気分になって酷く混乱した。
困りきって開いた坂田の唇から、悲鳴にも近い声なき叫びが漏れ出る。
これに対して、自分の思いが通じたと思い込んでおり、かつ、キスも受け入れてもらえているものだと勘違いしている肉食系女子の鈴木は、そのまま数回、坂田の額や頬にキスを重ねると、それから彼の両頬に手を添え、唇を奪おうと顔を近づけていった。
「坂田君、好き」
ボソッと呟いた時に漏れ出た吐息が坂田の唇をくすぐる。
すると、ブルリと唇が揺れた時に背筋も甘くなぞられたように震え、その反動でようやく動けるようになった坂田が、
「さ、流石にそれは駄目だよ!」
と、軽く鈴木を押し返して拒絶した。
坂田の急な反逆に驚いた鈴木がポテンと尻もちをついて、そのままキョトンと顔を上げ、彼を見つめる。
「なんで? 嫌だった? ごめん。私……」
拒絶されたこともそうだが、坂田の涙目を視界に入れてしまったことも関係して、鈴木は真っ青な顔で震えながらポツリ、ポツリと言葉を出した。
しかし、小さな鈴木の声は坂田に届いていないのか、あるいは答えようがなかったのか、彼は、
「俺、帰るから!」
と声を上げると、涙目になったままリュックサックを担いで大慌てで家に逃げ帰った。
カフェには幸せの絶頂から絶望に叩き落されて茫然とした鈴木が、床に尻もちをついたまま坂田の去った方角を見つめていた。
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