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埋め合わせお家デート

 とある休日。

 坂田は自室のベッドの上で酷く赤面していた。

 毛布にくるまって体を隠し、ホクホクと体を火照らせる坂田を鈴木が静かに興奮した様子で撮影している。

「ねえ、菜緒ちゃん、本当にやるの?」

 坂田がムニムニと小さく口を動かして恥ずかしそうに問いかけると、鈴木は大きくシッカリ頷いた。

「やる。大和君、もう着替えちゃったんだから、観念して出ておいで」

 鈴木に真剣な瞳でジッと見つめられ、坂田がキュッと視線を逸らす。

 それから彼は少しの間、毛布の中でモゾモゾと体を揺らすと、やがて観念したように分厚い布の中から這い出てきた。

 ベッドを降りて床の上に立った坂田は、たっぷりのフリルで彩られたモノクロのメイド服を身に着けている。

 頭には繊細なレースと甘いモフモフフリルの付いたヘッドドレスを、両手首には漆黒の大きなリボンが華やかに結ばれたカフスを、そして太ももには真っ白いガーターベルトを巻いてニーハイソックスを履いている。

 非常に甘く可愛らしい姿になった坂田が、姿見から必死に目を背けながら真っ赤になって俯いていた。

 坂田は確かに「大人しい」に分類される男子生徒で、髪も高校生男子によくいる丸っこい短髪だ。

 男性的か、あるいは女性的か、どっちかで答えろと言われればギリギリ女性的な雰囲気を持っている。

 だが、別に坂田は女の子を思わせるような装いの可愛い系男子ではないし、身長や体型も標準的なもので、容姿はモロに男性である。

 そんな彼にモフモフ愛らしいメイド姿が似合っているとは言い難く、本人の態度も相まって罰ゲームが良い所だった。

 しかし、坂田の姿を見た瞬間、鈴木は真っ黒な瞳をキラキラと輝かせ、真っ白だった頬を桃色に染め上げてあからさまに興奮し始めた。

「ねえ、やっぱり恥ずかしいよ。俺が着ていい服じゃないって」

 坂田が小声でボソッと文句を言う。

 しかし、鈴木はスマートフォンをしっかりと握り締めて坂田の姿を連写しながら、フルフルと首を横に振る。

「すごく、すごく、よく似合ってる。かわいい。かわいすぎて人が群がるから、世に出てはいけない姿をしてる。私の前でしか、してはいけない姿をしてる」

「かわいっ……!? 菜緒ちゃん、目が腐ってるよ。変態だよ」

「変態じゃない。かわいいものは、みんな好き。大和君、かわいいから仕方ない。いろんなアングルからとる。下からの赤面も撮りたいから、ちょっとの間、動かないで」

 モジモジ、モゾモゾと揺れる坂田を上からジックリと観察した鈴木が、今度はスルリと床の上に滑り込んで下から彼を撮りまくる。

 何故、貴重な休日のデートで坂田がこんなにも辱められているのかと言えば、鈴木の指定した例の埋め合わせが、「坂田のコスプレ撮影大会」だからである。

「大和君、そのまま少しだけミニスカートを持ち上げて、ムチムチ太もも出して。大和君? 大和君? 聞こえてる? 太もも、出して? 恥ずかしがってるの、かわいいけど、この後はお尻も突き出してもらわなきゃいけないし、『萌え萌えキュン』もしてもらわなきゃいけない。触れ合う時間もあるし、他の服もある。いくら大和君のご両親が家にいなくて、長時間好き放題できるとはいえ、私には帰宅時間がある。もたついてはいられない」

 スマートフォンを片手に坂田を見つめる鈴木が非常に真剣な表情で「早く太ももを出してくれ!」と、懇願する。

 余計にいたたまれなくなった坂田は、両手でスカートの裾をギュッと握ってブンブンと首を横に振った。

「ポーズまでとるのは恥ずかしいよ。そんなに太ももが見たいなら、勝手に捲ったらいいじゃん」

 そんなことを言われれば、鈴木なんかは酷く興奮して鼻血を垂らしながらペタペタと坂田に触れてしまいそうなものだが、意外にも彼女は首を横に振った。

「被写体には触れないのが、私のポリシー。それに、坂田君の映る癒しの写真に私の手とか、顔とか、無粋なものは入れたくない。萎える」

「なにそれ……分かったよ。分かった。スカート持ち上げたらいいんでしょ。この変態!」

 鈴木のあまりの熱量に負けた坂田がムゥッと口を尖らせ、キレぎみでスカートを持ち上げ、産毛の浮いたままの真っ白い太ももを晒す。

「どうせなら、体毛そっとけばよかった」

「体毛はある方がいい。それより、今度は軽く腰を折ってお尻を突き出して。もう少し、もう少しだけ、頑張って」

「パンツ見えちゃうでしょ! そんなに俺の下着が見たいわけ!? このスケベ!」

「見たい! けど、今回はそれが目的じゃない。スカートのライ、ギリギリを責めたスケベかわいい姿をカメラに収めたいだけ。攻めた姿が見たいだけ。大丈夫。ちゃんと大和君の写真は現像して、データもUSBに焼いたら、後はスマホのは消去してる。人に見られたりしないように、厳重に保管もしてる。更なる万が一に備えて、アルバムアプリには鍵もかけてる。だから、安心して、エッチかわいい姿を晒してもらって、大丈夫」

 一字一句に力を込め、鼻息荒く熱弁する鈴木の目は完全にイッてしまっている。

 欲求の強い鈴木にドン引きした坂田が無意識に一歩後退って、ふくらはぎをベッドにぶつけた。

「写真云々は別に心配してないというか、菜緒ちゃんが悪用するとかは思ってなかったから別にいいけど、あの、あれだよ? 俺がポーズ撮ったりを躊躇したりしてるのは、単純に恥ずかしいからだよ?」

「知ってる。全部かわいいから恥ずかしがること無い、けど、恥てる姿も異次元にかわいい。そして、恥てる姿を眺めまわしたいけど、そんなにたくさん時間も無い。ジレンマだ。あの……今日で終わりきらなかったら、明日も……」

「明日は買い物に行く予定でしょ。駄目だよ」

「そっか。残念だけど、でも、私も買い物は楽しみだから、分かった。ただ、それならなおさら、写真撮影に協力してほしい」

 鈴木がチャキッとスマートフォンを構えると坂田は苦笑いを浮かべて、それから渋々と頷いた。

 尻を突き出させ、胸元にハートを作らせ、ペタンと女の子座りをさせ、特にお気に入りのメイド姿を存分に堪能する。

 それから女子高生風の制服を着せ、着ぐるみパジャマを着せ、チャイナドレスを着せと繰り返して撮影会を進め、全てが終わったのは午後三時頃だった。

「午前から始めたのに、もうオヤツの時間だね。なんか食べよう」

 スマートフォンのフォルダを癒しでパンパンに詰め込んだ鈴木が、非常に満足げな表情で心地良い疲労の汗を拭う。

 それから鈴木は持って来ていたビニール袋を漁ると、中からポテト地大薄を取り出して坂田に差し出した。

 二人並んで、サクサクとポテトチップを齧る。

 疲労困憊が故に着替える気力がなくて、坂田は最後に「もう一度だけ!」と着させられたメイド服を着たままである。

『疲れた。疲れたよ、本当に』

 体力回復を図るかの如く坂田が無心でバリバリと芋を貪っていると、急に鈴木が「ふふふ」と肩を揺らして笑い始めた。

「どうしたの? 菜緒ちゃん」

「いや、なんか、その格好でご飯食べてると、ただでさえかわいい大和君が、更にかわいくなるんだなって。仕草も少しだけ女の子みたいだし」

「女の子って、そんなつもりなかったんだけれど、服に影響されたのかな」

「そうかも。大和君、かわいいよ。すごくかわいい。私、かわいくて、かわいくて堪らない大和君が大好きなんだ」

 坂田の方へすり寄って、上目遣いで目を細める。

 ニッコリ笑った鈴木の表情が可愛くて、坂田の心臓がトクンと鳴った。

『ヤバイ。可愛いって言われるのクセになってるかも。疲れるのはごめんだけど、可愛い、可愛い言われるのは、正直かなり嬉しい』

 一歩間違えれば、承認欲求が故に女装癖がつきそうだ。

 鈴木に好意を伝えられ始めて以来、じわじわと感じていた「かわいい」という誉め言葉への快感を自覚し、坂田は微量の焦りを感じた。

『格好良いってたくさん言ってもらえるように、頑張ってみようかな』

 己が趣味を拗らせないようにするため、坂田が密かに決意を固めていると、鈴木が彼の衣服の裾についているフリルを軽く引いた。

「どうしたの? 菜緒ちゃん」

「いや、ただ、撮影会終わってくっつけるようになったから、触れたくなった。いい?」

「いいけど」

 坂田がコクリと頷くと鈴木が倒れ込むようにして彼の肩に抱き着いた。

「良い匂い」

「菜緒ちゃんの家の洗剤の匂いが服についてるからね。一回洗ってくれたんでしょ」

 今回、コスプレ衣装を用意したのは鈴木で、彼女は貯めたお小遣いとお年玉から衣服代を捻り出していた。

 そして、パーティグッズとして購入したペラペラの衣服にフリルや小物を付け足して、より自分好みにし、更に何となく家で洗濯してから坂田の元まで持って来ていたのである。

「私の家の洗剤、確かに良い匂いだけど、そうじゃなくて、私が好きなのは坂田君の匂いの方。甘くて、柔らかくて、心臓がどきどきして、堪らない。眠くなる」

「ドキドキするのに眠いの?」

「うん。眠い」

「寝ても良いよ」

「ん。でも、せっかく大和君と一緒にいるのに、それは勿体ない」

「でも、声も態度もふにゃふにゃだよ。三十分くらいで起こしてあげるから、寝なよ」

 ポフンと鈴木のなめらかな髪を撫でて問いかけるが、彼女は目を瞑って坂田の肩に顔を押し当てたまま、フルフルと首を横に振った。

「もったいない」

「膝枕してあげるって言っても?」

「寝る!」

 膝枕という単語を聞いた途端、半開きだった鈴木の瞳がカッと大きく開く。

 それから彼女は元気に素早く坂田の太ももへ自分の頭を乗せると、嬉しそうに目を細めた。

 坂田が頭を撫でれば、鈴木はみるみるうちに脱力してテロテロと溶けていく。

「大和君と付き合ってからさ、私、すごく甘えん坊になってるのかもしれない」

「いつでも、どこでも、好きさえあればくっついてくるもんね。ペタペターってさ。眠そうな甘えた声出すし。あれ、いっつも眠いの?」

「うん。大体は。今眠いのは、はしゃぎ過ぎたのと前日に興奮しすぎて一睡もできなかったからなんだけど、普段のは自分でも理由が分からない。でも、恋人で眠くなる相手って、相性が良いんだって。安心してるんだってさ。大和君は、私と一緒にいて眠くならない?」

「ん? 俺? まあ、ぶっちゃけ眠くなるよ。俺も疲れたからね、今、けっこう眠い。それと、眠くなってる菜緒ちゃんの近くに行くと眠くなる」

「大和君も寝る? フカフカで良い匂いがする、素敵な寝具があるよ」

 鈴木が腕を伸ばしてポフンと坂田のベッドから垂れる毛布を叩く。

 すぐに一緒に横になりたがる困った恋人に坂田は苦笑いを浮かべた。

「もしかしなくても俺のベッドのことを言ってる? 駄目だよ」

「なんで?」

「なんでって、分からない?」

「分かるけど……大和君、あんまり私に触らないよね。私にいっぱい触ったの、酷い勘違いしてた日が最初で最後だ」

「触ってほしいの?」

 どことなくむくれて見える鈴木に坂田が揶揄うような口調で問うと、彼女はアッサリ頷いた。

「イチャつきたい。触るのも、触れられるのも好き」

 素直に欲求を口にする鈴木に坂田が「うぇっ!?」と間抜けな悲鳴を上げて目を見開き、それからスッと視線を逸らした。

「嬉しいけど、駄目だよ。女の子は大切にしなくちゃ」

「でも、それを言うなら男の子だって大切にしなくちゃ。私、大切に大和君のこと触ってる。おんなじこと、してくれてもいいよ」

「俺がそういうことをしようとしたら、過剰になっちゃうから」

「なってもいい」

「駄目。そういうのは高校を卒業してから」

 暴走すると厄介な坂田だが、基本は穏やかで優しい性格の彼だ。

 忍耐強く思慮深い性格をしているので、鈴木の誘惑をきっぱりと断ると優しく彼女の髪を撫でた。

 納得いかない様子の鈴木がプクッと頬を膨らませてむくれる。

「そんなにほっぺを膨らませたらフグになっちゃうよ。菜緒ちゃんは、意外と子供っぽいよね」

「だって……大和君は大人っぽいね」

「菜緒ちゃんが子供っぽいから、頑張って大人ぶってるんだよ。バランスをとってるんだ」

「そっか、偉いね。ねえ、そしたらさ、私、お姉さんっぽく振舞おうか? それで、大和君のこと甘やかしてあげる」

 膝枕をされたまま、鈴木が大きく両手を広げて問いかける。

 坂田は少し考えて、それからゆるゆると首を横に振った。

「いいよ、俺、菜緒ちゃんがされてるみたいに甘やかされたら照れちゃうし。あと、大人っぽい菜緒ちゃんが想像つかない」

「基本、私は大人っぽいって言われがちだけど」

「俺の膝に寝転がったままで? よく言うよ」

 呆れて笑う坂田に鈴木はパシパシと瞬きを繰り返して、それから「確かに」と笑った。

「大和君に甘やかしてもらうの、好き。大和君は困るかもだけど、でも、大和君に我儘を言うのも、駄々をこねるのも好き。ねえ、大和君、足痛くなった?」

「平気だよ。まだ膝枕して欲しいの?」

「うん。話してたら眠くなくなったんだけど、でも、膝枕はずっとしてほしい。モチモチなお肌の病みつきになったから」

 鈴木が坂田の太ももに頬ずりをすると彼は困ったように笑って、それから彼女の頭にポンと手を置いた。

「大和君の手のひら、温かい。やっぱり眠いかも」

「それなら寝ても良いよ。少ししたら起こしてあげるから」

「うん。大和君、好き」

「はいはい。何回も聞いたよ」

「何回も言いたい。好き」

 何度も聞いた甘い言葉に頷き返して、慣れた手つきで鈴木の背を撫で、あやす。

 鈴木は五分もしない内に眠りについて、幸せそうな呼吸を漏らした。

『まずいな、俺も眠くなってきた』

 淡い危機感を感じたが抗い難くて、坂田も気がつけばベッドに背を持たれさせたまま眠りにつく。

 気がつけば部屋の中は真っ暗で、床に横になる坂田の腕の中にはべたりと自分に張り付く鈴木がいた。

 寝惚けたふりをして坂田の胸元に顔を突っ込み、フスフスと鼻息を荒くする鈴木の頬を引っ張って、坂田は彼女と一緒に体を起こす。

 それからしばらくは部屋の中でお喋りをして、たまにかわいらしいキスをしたり、何となく手を繋いだりして時間を過ごした。

 どれだけ時間があっても鈴木には足りない。

 二十四時間あれば二十五時間、一年あれば一年と三日、坂田とくっついていたいのが鈴木だ。

 だからこそ一日坂田と一緒にいただけでは物足りず、自宅まで送ってくれた坂田が自分の前から去ろうとした時には少しだけ寂しそうな表情になって、それから、せめてと彼の頬にキスをした。

『俺だって寂しいし、菜緒ちゃんとの時間も足りないとは思ってるんだよな。菜緒ちゃんの圧が強くて、いつも言い逃すけど』

 帰宅後、片付けられていないカップやベッドからずり落ちたままの毛布に鈴木の余韻を感じて坂田は心臓の真ん中をキュゥッ締め付けられ、小さくため息を吐いた。

 そっと指先で触れた頬にはキスの温かさが残っている気がする。

 だが、もう少しすれば雪のように解けて消えてしまうのを知っているから、坂田はやっぱり寂しくなった。

『もっと一緒にいたいよ。本当に』

 もしかしたら、同居欲求やスキンシップ欲求などは鈴木の方が強いのかもしれない。

 だが、そういった欲求は坂田側にもあるわけで、彼は彼なりに鈴木を愛しているから彼女とのLINEを開いて何となくトーク履歴を眺めた。

 鈴木は勿論のこと、坂田だって高校卒業が待ち遠しい。

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