甘えん坊な鈴木さん
誤解が解けた後は緩く穏やかにイチャつき合って、鈴木は坂田の膝の上で丸くなっている。
後ろからふんわりと抱き締められ、頭を撫でられた鈴木は嬉しそうに微笑んでいたのだが、ふと嫌な考えが頭をよぎると彼女は眉根に皺をよせ、表情を渋くした。
「ねえ、大和君」
ほんの少し硬い声を出して坂田の顔を見上げる鈴木に対し、彼は、
「なに? 菜緒ちゃん」
と甘えた声を出して、ほわんと頬を緩めた。
柔らかい坂田の笑顔を見た途端、鈴木の心臓がキュンと握りつぶされて彼女は彼の口元にキスをしたくなったが、慌てて首を横に振ると欲求を食い止めた。
それから、鈴木は少し重たくなった唇を薄く開く。
「もしかして、教室で甘えてくれたり、告白してくれたり、家に連れてきてくれたりした一連の行動って、全部、初デートの日みたいに勘違いしまくった末の暴走による行動だったりするの?」
通常であれば決して持ち得ない疑念だが、一度デートで坂田の勘違いに次ぐ勘違いのせいで酷い目に遭っている鈴木は、どうしても彼を疑ってしまった。
バクバクと心臓を鳴らしながら返事を待つ鈴木に対し、坂田は何も答えない。
「大和君?」
もう一度問いかけると坂田はビクッと肩を揺らして、それからフイッと目を逸らした。
「やーまーと君?」
声にジワジワと圧力をかけて、鈴木は坂田の肩やわき腹をつつく。
「わっ! くすぐったいよ」
「くすぐってるからね。それで、どうなの?」
ジッとしたから見つめてくる鈴木に坂田がモゴモゴと口籠ってチラチラと目線を泳がせる。
だが、しばらくすると観念した様子で小さく口を開いて、
「菜緒ちゃん、俺のこと嫌いにならないって約束できる?」
とだけ問いかけてきた。
酷く不安そうな表情を浮かべる坂田に鈴木がコクリとしっかり頷く。
「できる。でも、その言い方、勘違いして暴走したんだ」
坂田は俯くように小さく頷いた。
「約束する。だから、ちゃんと話して」
じっと自分を見つめてくる鈴木に坂田は再度頷くと、それから彼は自分を裏切った彼女に大きな屈辱と損害を与えるため、わざと上田の前で甘えて告白までしたのだと白状した。
家に連れ込んだのもその一環だったのだと話せば、鈴木がポテンと床に倒れ込んでしまう。
「あ、あの、菜緒ちゃん、菜緒ちゃん?」
横になって倒れる鈴木に坂田が恐る恐る話しかける。
「流石にショック」
いつの間に拾ったのか、独り言のように言葉を出す彼女は、自分と同じように床に転がっていた坂田の制服をかき集めてギュッと胸に抱いていた。
「坂田君は自分が弄ばれてるって勘違いしてたみたいだけど、連絡先交換の件に告白の件、それに今日の件と続いて、実際に、ずっと弄ばれているのは私だから」
一回目のデート時、一度は成功したはずの告白が坂田の勘違いにより失恋へと転じたのは、もちろん辛かった。
だが、それでも鈴木は、一回デートしたくらいで告白をするような自分の軽率な行動がいけなかったのだと反省したし、友達にはなれたのだから、まだチャンスはあると自分を励まして、めげずに坂田にアタックし続けていた。
だからこそ、急に積極的なスキンシップをとるようになった坂田には戸惑いながらもドキドキしていたし、告白には当然のごとく舞い上がった。
家に誘われた時も期待半分、不安半分を胸に満ちさせながら、ここまでやってきたのだ。
そんな鈴木にとって、坂田のソレは全てが酷く悪質で残酷なドッキリである。
「立ち直れない」
坂田の学ランで頭を覆い隠して、どんよりと言葉を出す。
「やっと私のこと好きになってくれたのかなって思って、凄く嬉しかったのに……大和君、本気で私と付き合ってる気すらなかったんだ。酷い、酷すぎる」
喋る死体となった鈴木が土葬でもするかの如く自身の上にモサモサと坂田の衣服をかけ、体を布で覆い隠す。
全身からお通夜のような空気を醸し出して、ひたすらに落ち込んだ。
「あの、菜緒ちゃん」
「何?」
涙目になった鈴木が坂田の学ランから顔を覗かせて、ジトリと彼を睨みつける。
流石の彼女も酷く怒っているらしい。
怯んだ坂田が伏し目がちになる。
「その、俺、菜緒ちゃんと本気で付き合う気あるよ。嫌われたくないのも、上田に嫉妬したのも、菜緒ちゃんに仕返ししたくなったのも、菜緒ちゃんのこと、本当に好きだからだし。好きじゃない女の子が相手だったら、多分、泣き寝入りしてたと思うから。だから、えっと、あの、菜緒ちゃん、まだ俺のこと好きなら、俺、菜緒ちゃんと付き合いたい。虫がいいと思われるかもしれないし、もう、駄目かもしんないけど」
目元をほんのり赤くして、酷く自信なさげにモジモジと言葉を出す。
すると、言葉を聞いて坂田の制服群から這い出てきた鈴木がムギュッと彼に抱き着いた。
「駄目じゃない。大和君のこと、大好きだから付き合う」
「うん。えっと、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとう。さっきのでだいぶ慰められた。けど、まだ、もうちょっと癒しが足りない。大和君、大人しくしててね」
ギュッと坂田に抱き着いていた鈴木がモソモソと動いて彼のスウェットの中に入り込む。
直接、素肌に触れられた坂田はギョッとして、
「菜緒ちゃん、どこに入ろうとしてるの!?」
と、素っ頓狂な悲鳴を上げた。
これに対し、鈴木は「大人しくして」とだけ告げて彼の胸元に頬を寄せる。
それからギチギチと坂田を締め上げるように抱き着いて、額をグリグリと彼の肌に押し付けた。
『思ったよりアレじゃないけど、でも、なんか恥ずかしい。落ち着かない』
鈴木の安心したような吐息が腹を、まっすぐ伸びたまつ毛が胸元をくすぐる。
ピトッと引っ付いた頬の温度は高く、肌と肌が引っ付いているせいか鈴木が自分の体に溶け込んで一体化しているような錯覚を覚えた。
幸せなような、こそばゆいような感覚とゴソゴソとなる衣擦れの音に体温が上がって、耳まで真っ赤に染まる。
『泣かせちゃったな』
胸から腹へ伝っていく温かな水滴に申し訳なさを感じ、坂田は優しく鈴木の頭を撫でた。
「私ね、大和君の考え込んじゃうとこ好きだよ。私は単純だから、複雑な大和君は好き。それに、かわいいところも、優しいところも、穏やかで繊細なところも、落ち込みやすいところも、全部好き」
「うん」
「大和君のこと、会うたびに好きだなって思う。だから、もう、こんな変な勘違いはしないで。あと、何よりも、その気がないのに好意を寄せてるみたいな行動をとるの、やめて。私は大和君の言葉とか態度、そのまま受け取っちゃうから気づけない。後から、すごくガッカリして、辛くなる」
「二度とやらないよ。だって、俺、菜緒ちゃんのこと好きだから。もう、そういうのできなくなっちゃった」
鈴木はコクリと頷いて、話している間にボロボロと零れた涙を彼の胸で拭った。
それから、しばらく彼の衣服と肌に挟まれたまま時を過ごす。
「あの、菜緒ちゃん、ぬくぬくしてるところ悪いんだけれど、もうそろそろ時間だよ。お家に帰らなくちゃ」
「嫌」
「嫌って、家の人が心配するでしょ」
「でも、嫌。目、パンパンに腫れてるから顔見せたくないし、何より、大和君と離れたくない。もっと癒されたい。ずっと一緒が良い。ここに住む」
グリグリと頬を擦りつけ、愚かなことを言い始める鈴木の肩を坂田がガシッと掴んで押しのける。
「おバカなこと言わないの。帰らなきゃダメでしょ」
「嫌」
「駄目! 帰るの」
「い~や~!」
意外と力が強い鈴木だ。
坂田がどんなに肩を押しのけても、彼女が彼から離れることはなかった。
『もっと力を込めれば外れると思うけど、あんまり乱暴なことはしたくないな』
坂田はスウェットを捲り上げると自分に引っ付いたままの鈴木を強制的に衣服の中から出して、彼女の頭にキスを落とした。
そして、押しのけるのとは反対に、今度は鈴木の頭をギュッと抱きしめて彼女の顔面を自分の胸に押し付ける。
押してダメなら引いてみろ、と言ったところだろうか。
坂田は鈴木の全身からこわばりが解けるのを感じた。
「菜緒ちゃん、俺の親、仕事の関係で家にいないことが多いんだ。だから、また呼ぶよ。その時には甘えたいだけ甘えさせてあげるし、傷つけた埋め合わせもする。だから、今日は家に帰ろう」
ゆったりと髪を撫でられて、鈴木はゆっくりと両腕の力を緩めた。
そして、坂田から離れると彼の捲り上げられたスウェットを戻して半脱げになった彼の衣服を整えた。
「我儘言って、駄々こねて、ごめん」
少しいじけた様子の鈴木が、バツが悪そうに口を動かす。
「いいよ。大丈夫。それにしても……」
まじまじと鈴木の顔を見つめていた坂田が急にクスクスと笑い声をあげた。
肩を震わせて笑いを押し殺す坂田に鈴木の瞳がまん丸く見開かれる。
「どうしたの? 大和君」
「いや、泣いた後の顔もかわいいんだなって思っただけ」
ふやけた頬にキスをされて鈴木は顔を真っ赤に染めると、それから坂田に手を引かれてトボトボと自宅に帰った。
そして坂田は独りぼっちの帰路につく途中、自分と離れることになって落ち込んだ鈴木の表情や甘えたがって駄々をこねていた様子を思い出すと、その度に嬉しそうに肩を震わせた。
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